知ってたし、わかってた。けど、実際見るまで信じたくなかった。けど、何より自分が相手にされていない事の事実が何より辛い。

「おう。うい、また来たのか」
「うん。勉強教えてもらいたくて」
「あら? この間言ってた子?」
「ああ。じゃあ、また」
「ええ」

 軽く会釈をされて私も会釈を返す。私の脇を通り過ぎて行ったのは紛れもなく獄先生の彼女さんだ。紅い口紅が似合う、とても綺麗でスラッとしていて、獄先生と楽しく難しい話しとか出来そうで。
 かないっこない。そう思い知らされてしまった。

「うい。入らないのか?」
「入る……」

 獄先生の家にお邪魔して、いつもの様にリビングへ通される。「コーヒーでいいか?」と聞かれるのもいつもの事。机に勉強用具を広げようと床に座り込むと机の上に口紅。金色のケースでロゴはデパコスのお高い新作のものだ。コーヒーを持ってきた獄先生へ手に取って見せると、優しい顔をしながらそれを受け取られてしまった。

「アイツのか。ありがと」

 それを大切そうにタンスに置く獄先生を直視出来なくて、「獄せんせー、早く始めよ」と私の元に呼び戻す。短く「ああ」と答えた獄先生は私の向かいへと座った。今日は数学の宿題でわからない所があったのだが、説明を聞いていてもさっきの彼女さんがどうも脳内にチラついて全然頭に入ってこない。私が上の空なのに獄先生も気づいたのか「休憩にしよう」と言われてしまった。煙草を取り出して、火をつけた獄先生は私の顔をのぞき込むように机に少し前のめりになって口を開いた。

「何か元気ないな。また、イジメられてるとか、ないよな」

 そう、私は十四くんと同じでイジメの被害者で獄先生に助けてもらった一人なのだ。親身にそして優しく私に接してくれた年上の男の人に惚れない女の子がどこにいるのだろうか。それから私はずっと獄先生に夢中でいるのだ。

「ううん。違うよ」
「……なら、いいんだが」

 煙を吐き出す獄先生にあなたに恋をしてしまって悩んでる、なんて言えるわけもない。

「獄先生」
「ん?」
「彼女さんの事、好きですか?」
「何だ? いきなり恋バナか?」
「そういうわけじゃないですけど」
「……そうだなぁ、好きじゃなかったら付き合ってねぇよ」
「……ですよね」
「ういは、好きなヤツとかいねぇのか?」

 こうなってしまっては、もう空元気発動。「いないですよー。……そろそろ勉強再開しましょ」と明るく答えれば、「そうだな」と獄先生は煙草を灰皿へと押しつけた。
 いつか、少しでも獄先生の視界に入れてもらえるように。今は勉強を頑張って法学部に入るのを目標に。そうすれば、勉強を教えてもらうという名目で、獄先生の側にいられる。この位置を守るのがまだまだ精一杯の自分は、あの口紅の女性に到底適うわけがないと改めて思わされてしまうのだ。


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