「バーボン、ロックで」
「お客さん、ここ組織以外の人にお酒出せないんですよねぇ」

 鎌をかけられているのかと。ただ身構えても不自然なだけなので、「おもしろい冗談だな」と返すが、「私はおもしろくないです」と返ってきてしまう。
 そもそもこの店は組織が経営しており、組織の人間しか入れないシステムなのだ。それか、組織が俺の素性に気づいてこの店員に探るよう言ったのか。いろいろな思考が駆け巡る。

「お引き取り願えますか?」
「……俺のことが気にくわないなら、仕方ない。次は信頼してもらえるようにもう少し成果を上げてから来るとしよう」

 ここは潔く引き下がったほうがいい。変にここに止まるよりはいいだろう。もう俺に興味は無いのかグラスを拭き出した女を横目に席から立ち上がると「成果なんていらないですよ」と静かな声が背中越しに聞こえた。

「ただの犯罪組織なんだから。早く組織を潰してください」

 用心深く当りを見回すとどうやら今は俺の貸し切り状態だったらしい。監視カメラや隠しマイクで録音などされていたら女もこんな話題を切り出してこないだろうと高を括り、再びカウンターの椅子に座り直す。

「どうしたんですか? お酒出せないですよ」
「組織を嫌うくせして、組織に忠実なんだな」
「ジンは、違うから」

 さっきから女の言っていることがあまり理解できないのが正直な所。この女が何者なのか探る必要がありそうだと女の話を聞く事にした。

「何が違うんだ?」
「ジンは私を救ってくれたから。私、組織の言う事は聞かないけどジンの言う事は聞くって決めてるの」
「それならジンに俺が怪しいって教えるのか?」

俺がそう言うと女は首を横に振って「さっき組織を潰してって言ったじゃない」と初めて笑顔を見せた。

「その考えがわからないな」
「……わからなくていいですよ」
「なら、話しを変える。俺を何者だと思ってる」
「知ってますよ。FBIの赤井秀一さんでしょ?」

 隠し通せない。ズバリ言い当てられてしまってはそう思わざるえなくて押し黙ってしまった。女は「当たった」と嬉しそうに笑う。

「どこでその名前を?」
「パパの同僚だもん。知ってますよ。初めまして、上杉ういです」

 上杉。その名前はよく知っている。俺より少し前に組織に潜入したヤツの名前で、組織内の女に近づいて組織を探っていた男だ。そして、組織の女との間に子どももでき、産まれたら俺が育てると嬉しそうに言っていたのを思い出す。その後組織に正体がバレ、殺されてしまった。
 ようやく状況が掴めてきた。

「今、点と点が繋がった。それじゃ、君はそのまま組織に育てられたという事か」

 頷いた上杉の子どもに「そうか」と答えるのが精一杯だった。きっと彼女なりの葛藤がたくさんあるのだろう。ただ、彼女の正体を知ってしまった以上彼女を保護をするのは俺の仕事になってしまう。

「俺に素性を明かしたという事は、君はFBIの保護下に入ってもらうことになる。すぐにでも手続きを」
「嫌です!! ジンと離れたくない!」

 ガシャンと彼女の手元にあったグラスが床へと落下し音をたて割れる。彼女はグラスなどお構いなしにカウンターから身を乗り出すように俺に訴えかけてきた。

「落ち着け、怪我はしてないか」

 俺の声に冷静になったのか「大丈夫です」と歯切れ悪く答える。そのまま呆然としている彼女に俺は言葉を続けた。

「なぜ、ジンと離れたくない?」
「ジンは私の恩人なの」
「じゃあ、なぜ組織は潰して欲しいんだ?」
「パパとママを殺したから」

 段々涙目になっていく彼女を見ていると取調室で犯人を問い詰めている様な気分になってくる。そういうつもりは全くないのに。一度自分自身も落ち着かせる為に、煙草を取り出して火を点けた。

「……私も組織に殺されそうになったの。生かしておけないって。けどジンがそいつを殺す必要が無いって生かしてくれたの。だから私はジンの為に生きていきたいの」
「だが、組織が潰れれば幹部であるジンとは必然的に離れる事になるが」
「わかってますよ、覚悟してます。ジンの事は守りたいけど、それでも組織が許せなくて。私、どうしたらいいんだろうって。けどジンの事が好きなのだけは、確かだから。それだけが私の全てで」

 ついに涙をこぼし始めた彼女。
 ……俺が組織にいる間は少なからず彼女の事を守れるだろう。いきなり事を動かしても彼女は大人しくしてくれないだろし、彼女の感情を無視して、酷な事を強いる事もしたくない。それはFBIの方針に反しているのは承知で、俺の身勝手な判断だ。全てを飲み込んだ上で俺は口を開いた。

「わかった」
「え?」
「俺の事を組織に黙ってるというのなら、俺も君の事を見過ごそう。それにプラスで君からジンの情報を聞く事もしない。その代わり組織を潰したあと、証人保護プログラムを受けてもらう。それで、どうだ」

 突然の俺の提案に涙は引っ込んだようで、目を見開きながら俺を見つめる彼女。

「悪くない話しだと思わないか?」
「いいんですか? だって私の事強引に引っ張ることも出来るじゃないですか」
「そしたら君がジンに何らかの方法で情報を漏らすかもしれないというリスクが多少なりとも俺にもあるからな。これで50:50じゃないか?」
「……ありがとう、ございます」
「では、契約も交わしたという事で。バーボンロックでもらってもいいかな?」

 「それは出来ない、ので今度どこかで食事でも」と頑なな彼女を少しおもしろいと思い始めている自分がいたりするのだ。


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