ヤクザの揉め事で本日の営業は終了となってしまったクラブ。バイトのスタッフやキャスト達は早々に帰るよう指示を出され、みな口々に思い思いの事を口走りながら店を後にしていく。そんな中、ヤクザの一人を見つめる女が一人。彼女は上杉ういと言い、このクラブに勤めてもう六年以上のキャストだ。そんな女が見つめる先にはもう何十年以上にも前に別れた男。四木春也の姿があった。あの頃より歳を感じるが紛れもなくそれは四木春也だった。その視線の先の四木は仕事に夢中でういの存在は気づいていない。ういも邪魔をしてはいけないと、とりあえず周りに合わせて外へと一旦出て行った。
*「春也」
仕事が終わった頃を見計らってういは店前で四木を待ち構えていた。四木はういの顔を見る。
「やっぱりういだったか」
「久しぶり。十年くらい経ったよね。まさかヤクザになってるとは思わなかった」
「ういも夜の仕事しているとは思ってはなかった」
「何で急に別れようって言われたかようやくわかった」
ういは優しく微笑んだ。
「あのまま俺といても将来はないからな」
「そんな事気にしないよ。好きなんだから」
「あの時は若かったからだろ」
「…………今も、今も気にしないよ」
ういはまっすぐ四木の目を見たが、四木はそれとなく目を逸らした。ういの眉尻が少しだけ下がる。
「それは、嬉しいですね」
突然口調を変えた四木にこの人は私が知っている四木春也ではなく、粟楠会幹部の四木春也なのだと。段々と肩の力が抜けていくのをういは感じる。
「そっか。嬉しいなら良かった」
お互い大人なのだ。諦めなければいけない事もある。頭ではわかっているのに。四木の手を取ろうとういは腕を伸ばしたが四木はそれに気づかない振りをして「それでは」とういに背を向けて歩き出した。ういはその背中を追いかけようと一歩足を踏み出したがすぐに踏みとどまり、ういもまた四木に背を向けて歩き出した。歩き出せば、勝手に溢れてくる涙。小さい声で呟いた「まだ、好きなんだよ」という声は朝焼けの空へと溶けて言った。