舞台の上で踊る私。くるくると回る度に重くなる心。本当は嬉しくてたまらないはずの拍手。私を照らすピンスポットはとにかく暑い。
 不意にテンポを崩し、その場で崩れる。体が暑くてたまらない。
 勢いよく体を起こせばそこは最近入り浸っている千秋さんの家だった。前みたいにみんなが住んでいるアパルトマンではなく、引っ越した先の部屋なのだが、この私の状況が良くないことは私が一番わかっている。
 ドアの向こうから微かに聞こえてくる音はワルツだ。だから、あんな夢を。体を布団から出して、スリッパを履いて部屋を出る。

「千秋さん、ごめん。この音楽止めてもいいかな?」
「ああ」

 そうやって何も言ってこない千秋さんに、私はいつまで甘えているつもりなのだろう。下手すればこんなのスキャンダルにでもなりかねないというのに。千秋さんは涼しい顔で私を受け入れ続けてくれるのだ。
 椅子に座れば、朝食はいるかいらないか聞かれるし、出てくるご飯は美味しいし。お互い何か話しをするわけでなく、淡々と時間が過ぎていく。けれども、いつでも楽譜に熱心な千秋さんに私の心は痛んでしまう。

「どうした? おかわりか?」
「あっ、いや。ご飯はもう大丈夫。ごちそうさまでした」

 千秋さんを見ていたら、その視線に気づかれてしまった。一回頷いた千秋さんの視線はまた楽譜へ。その手元にある楽譜にはたくさんの書き込みがしてあり、紙は真っ黒に近い。私もちょっと前まで真剣に向き合って、楽しくしていたのに。自分でも何がきっかけかはわからない。もう楽しくもないし、あの舞台の上がとにかく怖いのだ。そして、襲ってくるような拍手の波。さっきの夢を思い出してしまって、頭が痛くなりそうだ。
 多分、千秋さんは私の様子が少し変なのには気づいているのだと思う。それでも、やはりこちらをチラッと見て、「コーヒーでもいれるか。いるか?」と聞いてくるのだ。私はただ「お願いします」と言うだけ。
 千秋さんは持っていた楽譜を机の上に置いて、キッチンへと向かっていく。その様子をボーッと眺めていたのに、いつの間にか私の視線は机の上に置いてある楽譜に移されていた。

「楽譜見てもいいぞ」
「えっ、でも大事な商売道具なんじゃ」
「それがわかってるなら尚更」
「それじゃあ、失礼して」

 楽譜を手に取り、全体を眺める。正直、オーケストラや指揮者の知識はバレエをやる上で少し勉強しただけなので、プロ並みの知識はない。たくさんの書き込みはそれぞれの楽器の指示や表現の仕方、細部に至るまで細かくメモが記されている。ペラペラと数枚めくれば楽譜は終わり。その頃にはカップを二つ手に千秋さんがらこちらへと戻ってきた。私は「見せていただきありがとうございます」と楽譜を元の場所へと返した。

「コーヒーもありがとうございます」

 そしてまた沈黙。でも、今は初めて人に話を聞いてもらいたい気分なのだ。

「千秋さん」
「どうした?」

 いつも変わらない千秋さんの声色にすごく安心をしてしまう。だからこそ、そろそろこの生活から抜け出さないといけない。

「話しを少しばかり聞いてもらってもいいですか?」
「いいぞ」

 持っていたカップを机に置いて、真っ直ぐとこちらを見てくれた千秋さんに隠し事はしないでおこうと誓う。

「舞台が拍手が怖いんです。もう楽しくなくて……」

 千秋さんは黙って頷いた。

「自分でももうどうしたいかわからなくて」

 やっぱり千秋さんは黙って頷くだけ。気づけば私は泣いていたみたいで、涙は止まらなくなっていた。

「上杉さんは、バレエは楽しいだけだったら良かった?」

 突然の質問に答えられなかった。千秋さんは何を伝えたいのだろう。

「たぶんさ、プロになったら楽しいだけではやっていけないんだなって俺も今実感中で。でも、苦しい事を乗り越えるから楽しいわけで。けど、その苦しいが辛いや怖いに変わったらそれは嫌になるよなって。だから、まず焦らなくていいんじゃないかと俺は思ってる」

 今度は私が黙って頷いた。
 千秋さんは何を思ったのか立ち上がり私の横に座って、私の体を引き寄せ抱きしめた。

「千秋さん?」

 涙で震える声を出せば、「嫌なら突き飛ばしてくれ」と言われてしまった。そんな事できるはずもない。結局私は千秋さんの背中に腕を回してしまった。


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