うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい。
私は舞台の幕が上から降りてくるのを、目線だけで必死に追いかける。
あと少し!!
舞台の床と幕の縁がピッタリ合わさったのを確認して、とっていたポーズを崩す。幕の向こうからいまだに聞こえる拍手の渦。私はその渦から逃げるように、舞台袖へとはけ楽屋に一目散に駆け出した。楽屋に戻り急いで衣装を脱ぎ捨て、裏口からタクシーを拾い自宅へと戻った。
やはり、私はもうこの世界にいる事は限界なのだと思った。
* 事務所には散々怒られたが、こうなっては仕方ないと諦めがついたのかしばらく休暇をもらえる事になった。休暇をもらったって私のこの気持ちは変わらない。もう二十年以上続けてきたバレエを好きになれるはずもない。もう世間からの評価などうんざりなのだ。どこか遠く私のことを誰も知らない所で自由に踊っていたい。
……こんなに顔が売れてしまった私にそんな居場所あるがはずがない。街を歩くのにも帽子にサングラス。けれども、気分転換はしたくて外に出てきたはいいものの特に行きたい場所などはなくフラフラと歩いていれば、一枚のクラシックコンサートのポスターに目が止まった。指揮者は同じ日本人。確かプラティニ国際指揮者コンクールの優勝者。
たまには、出る側ではなく、見る側に回ってみるのもありなのかもしれない。日付と時間を写真に撮り、私はその場を後にした。
* どうしてこうなったのか。私はさっきまで舞台の上で指揮をしていた千秋真一の家に招かれ、千秋さんの友達と一緒に夕食をとっているのだ。どうやら私が見に来ていた事が千秋さんの耳に入ったらしい。私が表舞台から姿を消した事はすでにメディアでは話題になっている。その事を千秋さんは気にしてくれたのか良かったら夕食を一緒にどうですか? とお誘いがあった。最初は断ったが後から来たのだめちゃんやターニャちゃん達の空気にのまれ、あれよあれよという間に千秋さんの家に到着してしまった。
ご飯は千秋さんが昨日作りすぎてしまった余り物だという。千秋さんの料理はとてもおいしくて、みんなと飲むお酒もおいしくて。私は隅の方でみんながワイワイしているのを眺めていた。それは望んでいた誰も私の事を知らない遠いところに逃げてきたみたいな、誰も私にそれについては触れてこなかった。
千秋さんを中心とした会話が終わって、苦労して抜け出してきたかのように、千秋さんが長いため息をつきながら、私の横に座った。
「ったく、あいつら」
「でも、そう言いながら千秋さん、楽しそうですよ」
私の顔を見た千秋さんはホッとしたような顔をみせた。
「上杉さんも楽しそうでよかった。二人で食事でもって思ってたのに」
「いや、久々に楽しくて、気が紛れました。ありがとうございます」
そう言って頭を下げる。
「やめてくれ。そんなつもりもなかった。誰だって逃げ出したくなる時はあるしな」
目頭が熱くなるのを感じる。今、ここでみんなに会えたのは単なる偶然なのだろうか。ずっと欲しかったものが本当にここにるような気がした。「考えるのはゆっくりでいいんじゃないか」と優しく微笑んでくれる千秋さんに、また「ありがとうございます」としか返す言葉が見つからなかった。