僕の好きな子はこの屋敷の奥の奥の奥に閉じ込められている。その門番に僕は逆らう事は決して出来ない。安いかわし方は出来るのに、君の事に触れられると何も言えなくなって下手な誤魔化しの言葉しか吐けなくなるのだ。
何だかんだ臆病な僕はその門番がいなくなる日を狙ってこの牢屋みたいな部屋に訪れる。
その牢に閉じ込められているのは、小柄な女性で何も知らないみたいな顔で屈託に笑うのだ。その度に僕の胸は苦しいほど締め付けられる。君にもっと世界は広いのだと見せてやりたいけど、それも叶わない。
「うい」
「紫呉さん」
耳心地のいいその透明な声色で僕の名前を読んでくれるだけで嬉しくなってしまうのだから、僕は案外単純な人間なのだとういを前にすると思ってしまうのだ。
「今日は慊人さん、泊まりで出ていったからね。だから、一日いられるよ」
「ほんと?」
その僕の大好きな明るい笑顔とは真反対に視界に映った包帯で巻かれた腕や足。座椅子に腰をかけて本を読んでいたういの隣に静かに座って、その腕を取れば痛むのか少しういの顔が歪んだので、「ごめん」と慌てて患部をさすった。
「慊人?」
俯いて小さく頷いたうい。怒りの感情が内に湧き上がってくるがそれをういに悟られないよう、早く良くなるようにと思いを込めてさすり続ける。
「機嫌よくなかったみたいで。ここまでひどいのは久々かな」
困ったように笑うういにいたたまれなくなって、ういの頭を撫でればういは甘えたい時の猫のように頭を胸に擦り寄せて来る。ういの体が痛まないようにゆっくりと抱き締めれば、腕の中からすすり泣く声が聞こえてきた。
「うい……」
「ごめんなさい。最近ずっと一人でいたから安心しちゃって」
「大丈夫ですよ。僕はここにいます」
そう言えば、声を上げて泣き始めたういにこれ以上安心させてあげられる言葉は僕には見つからなかった。