今日まで“清水”


履き慣れないハイヒールに歩くたびにふわりと舞うドレス。
綺麗にお化粧をしてもらって、髪も結い上げてもらった。

「できましたよ」

その声に、恐る恐る姿鏡に映る自分の姿を見る。
――まるで別人ね。
率直にそれを口にすれば、着替えとお化粧を手伝ってくれた係の人が、ふふふ……と笑って「潔子さんは元がかわいいから化けたわね」なんて言ってくる。

「それにしても、眼鏡はかけたままでいいの? コンタクトとかの方がいいんじゃないかしら? せっかくきれいなお顔をしてるのに勿体ないわよ」

その言葉に、かけていた眼鏡を一度外す。
視界が一気にぼやけるけれど、手にした眼鏡はちゃんと見えている。

「コンタクト苦手で……。それにこの眼鏡は高校の時からずっと使ってて愛着があるんです。これでずっと――菅原を、烏野高校バレーボール部を見てきたから。“清水潔子”として名乗れる最後の時まで使っていたいんです。だめでしょうか?」
「だめじゃないわ。素敵な思い出が詰まった眼鏡なのね」
「はい」

眼鏡をかけ直して、笑みを浮かべれば「本当きれいね」と褒められた。
その言葉が恥ずかしくて、ヒールで歩く練習をしたいと言って部屋を出る。
――と、目の前を横切る人影に顔を上げれば、菅原の驚いた顔。その次に少し困った顔。
どこか体調が優れないのだろうか……?

「菅原、大丈夫?」

そう声をかければ、今度は顔を凝視される。
何かついているのかしら?
疑問に思いつつも菅原からの返答を待つ。

「大丈夫。ごめんな、心配かけちゃって」
「別に。大丈夫ならよかった」

なんともないのであればよかった……。
心の中で安堵のため息をついたその瞬間だった。

「なあ、しみ……潔子」
「何?」

てっきり清水、と呼ばれたのだろうと思って返事をして――そしてそれがそうでなかったと一瞬間をおいてから認識する。
潔子……?
親族と近所の人以外から滅多に呼ばれることのない下の名前。
それを、今、目の前の彼は口にした。
“清水”ではなく、はっきりと“潔子”と。
急に顔に熱が灯る。
ずるい。そんなの不意打ちよ……。
自分でわかるほど顔が熱い。だから、目の前にいる菅原にもその様子はありありと伝わってしまっているのだろう。
名前を呼ばれたことが恥ずかしくて、今すぐにでもここから逃げ出してしまいそうになる。

「俺のこと、一生幸せにしてな?」

菅原の言葉にさらに熱が高まる。
密かに言いたかったセリフを先に言われてしまう。こういうセリフを何のこともなしに言えてしまう菅原が、本当にずるい。
二番煎じ感が漂って仕方がないけれど――でも言いたい。何番煎じでもいい。
人生の中で一番好きな人にたった一度だけ言いたいセリフを私は口にする。

「それ、私のセリフ。…………孝支、私のこと一生幸せにして」

お返し、とばかりに名前を呼んでみたけれど当の言われた本人はいつもの通り太陽のように明るい笑顔で、

「おう、任せとけ!」

なんて余裕のある返答。
ちょっと悔しいけれど、菅原の笑顔につられて私も自然と笑みがこぼれた。

「お二方、そろそろお時間ですよ」

係の人に呼ばれて振り返る。

「はい」

短い返事の後、菅原を見やる。
パチリと合う視線。

「行こう、潔子」

そう言って私の手を優しく取って歩きだす菅原の背中はとても大きくて、頼りがいのあるものだった。
これから私はすが……孝支と一緒の道を歩むのだ。
楽しいことも苦しいこともたくさんあるとは思うけれど、あなたとなら頑張れる。

――今日、私たち結婚します。



(あなたとなら、どこまでも)


============
素敵企画「菅潔ウェディング企画」に出させていただいたものパート2。
6月は毎日が眼福!!

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -