幼女の2時間


異変に気付いたのは今日の午前中のことだった。
何気なく財布の中身を見たら、そこのあるはずのものがすっかりなくなっていた。
おかしい……。一昨日まではちゃんとあったはずなのに。
確かに一昨日の夜、財布を見たときはちゃんとあったのだ。それは。
これは大問題だ。もしかしたら阿良々木暦始まって以来の大破産時代を迎えるかもしれない。
――自分で言っといてなんだが、大破産時代って本当嫌なワードだな……。
とりあえず手当たり次第片っ端から探す。
机の上、ベッドの下、ゴミ箱の中。ありそうな場所はすべて探して、すべて空振りだった。
やばい。非常にやばい。
何がやばいってあと数時間もしたら忍が目を覚ましてしまうからだ。
そうなったら大変だ。これはもう土下座しても許してもらえないし夢も希望もない大破産時代に突入だ。

事の起こりは数日前。忍にどうしても頼みたいことがあって、昼の時間帯に起きてもらったことがあった。その見返りとして彼女にはミスドをご馳走すると約束した。報酬をミスドにしたのは単に彼女へのご機嫌取りだけでなく、その時ちょうど割引券をもらっていたことが大きな要因だ。
昨日から楽しみにして、昼も眠れない(昼も眠れないって語感がおかしい気もするが、忍ならば致し方ない)と言っていた彼女のことだ。きっと店内に入ってすぐ「このショーケースの中全部くれ」とも言いかねない。
一応個数を指定してはいるが、絶対聞き入れてくれないだろうし。
ドーナッツって100円セールでないときは1個安くても120円とかするからな……。それを少なく見積もっても10個は食べるであろう吸血鬼の幼女。
ただ今の残金、2000円と小銭が少々。しかも今月は小遣いを参考書に使ってしまったからあと半月ほどをこれで過ごさなければならないというのに。
もういっそのこと、割引券をなくしたからあの話はなかったことに、とでも言ってしまおうか、と途中まで考えかけてやめる。
そんなことをしたら火に油を注ぐようなものだ。
それこそ大破産なんてものじゃ済まないだろう。

「どうしよう……」
「何をそんなに考え込んでおるのじゃ、お前様」

にゅっっという効果音と共に金髪の幼女が顔を出す。
なんつうタイミングで目が覚めやがるんだ、こいつ。

「そりゃ目も覚めるわい。ああだこうだと頭の中で考え事をされてはおちおち寝てもいられんからの」
「忍、あのさ」
「さあお前様。ミスドへ行くぞ。急げ!」

まだ陽も高い時間帯だというのに、こいつ自分の特性を無視しやがる気か。
ああ、でも帽子を被れば外に出られるんだっけか……。
いやいや、そんなことどうでもいい!
割引券の存在がない今、彼女をみすみすミスドへ行かせるわけにはいかない。
最終的には行くことになるのだろうけど――これはたぶん絶対譲らないだろう――せめて交渉して数を減らしてからにしたい。
店先でみっともなく騒いでいたら、外見だけでも十分目立つというのにさらに悪目立ちしてしまうだろうし。

「忍。今日はドーナッツ5個までな」
「なんと? お前様。儂がこの前一体何時間昼の時間に起きていたと思うのじゃ。2時間じゃぞ、2時間! 幼女の睡眠時間を2時間も奪っておいてその見返りがドーナッツ5個じゃと? ナメてんのか!」

幼女の姿で何を言われても怖くはないけれど、お前本当現代に馴染み過ぎだよ。
昔はもっと威厳ある性格だっただろうが……。

「じゃあ譲歩して7個!」
「いや20個じゃ」
「2時間でドーナッツ20個ってどんだけ高給取りなんだよお前!」
「それだけの働きはしたじゃろう」
「いや、言っちゃなんだがそんな働きはしてないね」
「なんじゃと!? お前様そこになおれ! そのどケチ根性叩き直してやるわい」

こうして、僕と忍の仁義なきドーナッツ争いが幕を開けるのであった。



(ああ、そういえば昨日戦場ヶ原とデートした時に割引券使っちゃったんだっけか)

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