さようならの言葉を


別に特別好きだったわけじゃあ、ない。
というかどちらかというと苦手、とか嫌い、だったのかもしれない。
何かにつけて世話を焼いてくるし、それが面倒だからと姿をくらませば絶対探しに来てしまう。――そして見事に見つかっちまうわけだ。
うまく隠れたつもりでも全部お見通しだった、ってわけ。まあ、まだ俺がガキだった時の話だけど。
近頃は探しに来ることもなくなってしまったけれど、それが寂しいとも思わない。もう大人なんだから私が探しに行かなくても自分で帰ってこれるだろう?と。
親のいない俺の親代わりをしてくれていたんだ、と今になって気付く。
いつだったか話してくれた。暗くて闇しかなかったところから救いあげてくれたのが、俺の両親だったそうだ。――あの人たちはこの私を受け入れてくれたんだよ、と。だから、私はお前を受け入れるよ。どんなお前であろうと、ね。受け入れることが家族の始まりなのだから。
そう笑って頭を撫でてくれた。当時の俺はそれが鬱陶しくて叩いてしまったけれど、内心は嬉しかったのかもしれない。

「人識くん、そろそろ……」

背後から声がかかる。
兄貴の死の間際にできた新しい家族。妹。
俺より背が高いってのが悩みの種だ。

「そうだな」

短くそう切って、兄貴の最期を焼き付ける。
家族のために生きて、家族のために死んだ――俺の自慢の兄貴。密かに憧れていたのかもしれない。その、家族のためにという真っ直ぐさに。
こんなこと恥ずかしくて言えないし、言ったら絶対驚いた目で見られることは確実だ。で、そのあと優しく頭を撫でて「お前も私の自慢の弟だよ」なんて言うのだろう。

「じゃあな、兄貴」

後ろに控える新しい妹に聞こえないように、小さく消え入りそうな声で別れの言葉を口にする。言葉にすることで、実感が湧く。
――ああ、兄貴はもういないんだ。この世のどこにも、いないんだな。
親であり、兄であり、理解してくれて、好いてくれた唯一の人。
ここまで育ててくれて、本当に――ありがとう。
今日から俺はあんたの背を見て、兄貴としてこの頼りなさげな妹を見ていくよ。
せめて、一人で生きていけるくらいの力を手にするまでは。
本当、面倒くせえしこんなのを兄貴は十何年もやってたのかと思うとうんざりするけれど、それがなぜか最悪だともあまり思わない。
不思議だよな。あんなに家族を嫌っていた俺だってのに。
踵を返して伊織ちゃんと合流する。
もう、振り返らない。

――さようなら、ありがとう。俺も兄貴のこと、好きだったぜ



(ちゃんと伊織ちゃんを――妹を守るんだぞ)

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