フジ―歓待


昼前に着くように家を出て、彼らとの待ち合わせ場所へと急ぐ。
夏の日差しがまぶしくて、暑くて、一瞬くらっとくるけれどそんなことに構っていられない。
昨日から動悸が激しくてかなわない。
夕飯もまともに食べることができなかったし、起きては寝て、起きては寝ての繰り返しで睡眠もまともにとれなかった。
つまり――体調不良もいいところだ。
だけどそれすら気にならない。
昨日の、モルジアナ殿の一言――恋人を連れてこいというその一言が嬉しくて、恥ずかしくて心が浮き足立っているからだ。
それは姉上にも伝わっていたらしく、昨日は終始しっかりしなさいと言われ続けたけれどそれも仕方のないことだろう。
あの、モルジアナ殿が俺のことを恋人だと言ってくれたのだ。
それは浮き足も立つ。浮かれて姉上にも注意を喚起されるだろう。
人目も憚らず今この場で飛び上がりたい気分なのも許してほしいところだ。
確か駅で待ち合わせということだったけれど、この分だと時間よりも早く着いてしまいそうだ。
と、駅前にやたらと目立つ髪色の三人を発見する。
一人は金の髪。一人は青い髪。そしてもう一人は紅い髪。
何度見ても信号機のような髪色だと思うのは俺だけではないはずだ。
当人たちの前では絶対言わないけれど。

「アリババ殿、アラジン殿、モ、モルジアナ殿……お早いですね」
「おう、白龍! まだ待ち合わせ時間になってねえのにお前こそ早いな」
「やあ、白龍おにいさん」
「こんにちは、白龍さん」

ああ、モルジアナ殿の笑顔がまぶしい。
日を増すごとに彼女への想いは募るばかりだ。
あんなことを言われた次の日ということもあってか、いつにもましてモルジアナ殿がかわいく綺麗に見える。――好きだ、好きだ、愛おしい。
俺が呆けている間に三人はとっとと目的地へと向かってしまう。
待ってください、とその背を追いかける。

「それにしても三人ともマスルール殿と親交があったのですね」
「まあな。モルジアナ絡みで知り合ったんだけどな」
「そう考えるといい知り合い方でもなかったよねえ」
「そうですね。でもこうしてお二人と引き合わせていただいたことは感謝してもしきれません」
「モルジアナ殿絡み……?」

気になる単語を耳にしてそこを掘り下げようと思ったけれど、三人の口は重かった。
聞いてはいけないことなのだろうか……。そういえばこの前も、そうだった。
今度お話しします、とは言われたけれど……俺の知らない三人だけの秘密、なのだろうか。
そうこうしている内に目的地に着いてしまった。
駅の反対側にあるその巨大な豪邸――サルージャ邸なんて比ではない――はシンドバッド邸と呼ばれ、ここら一体の地主となっている。
そこにはシンドバッド殿とその部下が大勢住んでいて、たくさんの花が咲き誇り、そして豪奢の限りをつくした装飾品と調度品で埋め尽くされている、と聞く。
俺は一度も行ったことがないのだけれど、姉上と義姉上は何度か行ったことがあるそうだ。

「こんちはー!」

誰もがため息を吐き出すほどの豪邸に、そんなフランクなあいさつで入っていくアリババ殿に正直呆れを通り越して尊敬すら覚えている。
この人、いろいろな意味ですごい人なんだな……。
チャイムを鳴らし、重々しい扉が開く。
そこに佇んでいたのは、件のマスルール殿であった。

「よく来たな、アリババ、アラジン、モルジアナ、それと……」

順番に顔を見て、最後の俺で眉間に皺を寄せる。
敵意丸出しと言った風な表情に圧倒される。
この人がモルジアナ殿の後見人のマスルール殿。

「モルジアナ、まさかとは思うが……」
「はい。この人が私の恋人――練白龍さんです」

一瞬にして場の空気が凍る。
だけど、そう感じたのは俺だけのようで、ほかの三人は何事もなくマスルール殿と話している。
ただ、マスルール殿の俺への視線が一層強くなっただけのようだった。
強すぎる視線のおかげで胃に穴が開きそうだ……。

「まあ入れ。茶くらいなら出せる」

そう言って、マスルール殿は自らの体で塞いでいた道を開け、中へ通してくれる。
三人に続いて中に入ったはいいものの、先ほどから視線が怖い。痛い。

「三人ともいつもの部屋に行っててくれ。俺はちょっと話をしたい」
「……? わかりました」

一瞬首を傾げて、それでもモルジアナ殿は何も疑問に思わなかったのかアリババ殿とアラジン殿を連れて“いつもの部屋”へと向かう。
後に残されたのは俺と、視線が怖いマスルール殿。

「モルジアナのこと、どこまで知っている?」
「どこまで、とは……?」

低く小さな声に耳を傾けなければ聞き逃してしまいそうになる。
どこまで知っていると訊かれても、殆ど何も知らないということだけは知っている。
彼女の家族も、出身も、年齢も、何も知らない。
付き合ってまだ半月ほどだけど、言葉を交わすのは花のことかサルージャ邸での騒動のことばかりで彼女自身のことについて話した記憶がない。
前に家族のことについては今度話すと言われたけれど、その今度の機会も未だ訪れていない。

「言葉を変える。モルジアナから何か聞いているか」
「何も聞いてません。俺と彼女はまだ付き合って半月ほどですし、お互い知らないことだらけです」
「そうか……。まあ、あいつもいずれ言うだろうからここで俺が言うことではないな。モルジアナのこと、よろしく頼む」
「……はい、わかりました」

話してみたら案外そう怖い人ではないのかもしれない。
単に俺が委縮していただけなのだろうか。
大柄の体に低い声だからつい身構えてしまったけれど、モルジアナ殿のことを想う優しい人――なのかもしれない。

「ただ、モルジアナを泣かすようなことをしたら覚えておけ」

最後の一言がとても身に染みた。



(マスルールさん。白龍さんと何のお話をしていたのですか?)
(秘密だ)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -