純情な男の子


「モルジアナ殿」

名前を呼ばれたモルジアナが振り返った先には、なぜか顔を赤らめた白龍の姿。
不審に思いつつも「どうかしたのですか」と問いかければ、目の前の少年はさらに赤みを増した顔で言葉を続ける。

「あの、その、ですね……。とても言いにくいことなのですが、スカートの裾が破れてしまっています」
「え?」

首を捻って指差された箇所を見ようにも、その場所はちょうど死角にあるのか、見ることがかなわない。

「あ、あの、あまり動かないでいただけますか。結構大きく破れてしまっているのでモルジアナ殿が動くたびに、その……」

その先の言葉は言わずともわかる。
要は見えてしまいそうになるのだ。スカートの中が。
思春期真っ盛りな年頃の男子には、今のモルジアナの格好は刺激が強すぎる。
ああ、だから白龍さん顔が真っ赤なのね――なんて今更思い至った考えを頭に浮かべながら、モルジアナは言われた通り直立姿勢を保つ。

「モルジアナ殿、ほかにお洋服はお持ちですか?」
「いえ、今はこれだけです」
「そう、ですか」

困ったような顔をするのは白龍。
モルジアナは首を傾げてそんな白龍を見つめている。

「では、こうしましょう。俺がその服、縫って差し上げます」
「え……、ですが」
「このままでは俺の方が大変なことになりかねませんので」

その真意を理解していないモルジアナは頭の上にクエスチョンマークをたくさん浮かべる。――何がどう大変になるのかしら?
どうかお願いします、と律儀に頭を下げる白龍に負ける形でモルジアナは了承の意を示す。
ありがとうございます、と笑みを見せてから白龍は腰紐を解きそのまま腰布を外す。何をするのかとモルジアナは驚いて見ていると、それを綺麗に折りたたんで彼女に差し出す。

「裁縫道具が部屋にあるのでひとまずこれでスカートを隠して行きましょう。本当ならシーツや大きめの布の方がいいのですが、これしか手持ちがなくて申し訳ありません」
「すみません、ありがとうございます」

それを受け取って、スカートの上からそれを穿いて腰紐で固定する。
ごわごわして何となく着心地がよくないが、破れたままのスカートで宮殿内を歩くわけにもいかない。
モルジアナが腰布を身につけて顔を上げれば、またしても顔を赤らめる白龍と目が合う。
今度はどんな理由で顔を赤くしているのだろうか。
不思議そうな顔をするモルジアナの視線を真っ直ぐに受けた白龍は更に顔を赤く染め上げる。

「い、行きましょうか」
「はい」

先導する白龍の背中を見て、モルジアナも歩き出す。
コツコツという音とひたひたという音が妙なハーモニーを生み出す。
廊下ですれ違う人がモルジアナの格好を見て不審に思ったり首を傾げているけれどそんなもの彼女にとってみれば気になることでもない。
一年前まで奴隷として生きていたモルジアナは奇異な目で見られることに慣れていたし、長い生活の中でそのような視線は気にしないようにしていた。
多少服装が変だったからといって臆するモルジアナではない。

「着きましたよ」

言って、白龍はシンドリアにて宛がわれている部屋のドアを開ける。
一人で使うには十分すぎる広さの部屋には最低限の家具と来賓用の椅子があるだけ。
元々持って来た荷物も少ないことから、広い部屋がさらに広さが増したように見える。
自分たちが宛がわれている部屋とはまた違った趣のそこに、モルジアナは部屋中を見渡す。
一国の皇子と食客である自分たちとではそもそもの立場自体が違うのだから、宛がわれる部屋もまた違うのだろう。
暫く部屋を眺めていると白龍が小さく笑ってモルジアナの名を呼んだ。

「物珍しいものでもありましたか?」
「あ、いえ、すみません。何でもありません」
「そうですか? ではこれに着替えていただけますか」

白龍の手の中にあるのはどうやら彼の着物であるらしい。
裾を縫うにはどうしてもモルジアナにスカートを脱いでもらわなければならない。脱がなくても縫えそうなものだけれど、そこは男子として目の前にちらつく年頃の女子の足というのが気になってしまうのだろう。
それに白龍ほど器用であればその心配はないだろうが、間違ってモルジアナに針を刺してしまうかもしれない。
その他諸々考えた結果、やはり着替えてもらった方が精神衛生上安心だということに落ち着いたようだった。
初めて着る煌帝国の着物。普段モルジアナが着ている質素で簡易なワンピースとは違い着るにも脱ぐにも手間がかかりそうであることは着る前からわかった。
俺はむこうを向いていますので、とさりげない気遣いと共に白龍は部屋の隅へ行ってしまう。
ひとまず見よう見まねで受け取った着物に袖を通す。
――ええと、この着物に袖を通して、これを穿いて、腰布は別につけなくてもいいかしら……?
レクチャーを受けようにも、当の白龍は部屋の隅に居て声がかけ辛い。
何もそんなに離れなくてもいいのに、と思いながらもモルジアナは何とか着物を着ることを終える。
多少不格好ではあるけれど、まあ初めて着たにしては上出来であろう。

「白龍さん。終わりました」
「では、――――っ!」

部屋の隅に居たであろう白龍が一瞬のうちに間合いを詰めてくる。
その瞬発力にも驚いたが、それよりなにより、彼の顔が先ほどまでとは比べ物にならないほど真っ赤になっていたことにモルジアナは驚いた。
もしかして具合でも悪いのかしら? ――なんて予想をして口を開きかけたときだった。

「モ、モモモモモモルジアナ殿!? 前を肌蹴過ぎです!!」

言うなり白龍は襟元を持ってそれを正す。
突然正された襟に若干の苦しさを覚えながらも、白龍の言うことの意味を漸く理解する。いつも首元が空いている衣服を身につけているものだからついその感覚で着てしまっていたのだ。

「すみません」
「いえ、俺の方こそ取り乱してしまいすみませんでした……。ではワンピースお借りしますね」
「お願いします」

ワンピースを手渡すと、モルジアナは窓際にある椅子へ腰かけそこから見える景色にしばし心を躍らせる。白龍はベッドへと腰かけ預かったワンピースの修繕作業へ入った。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
緩やかな時間が部屋中を満たし、ついモルジアナの頭がうとうとと舟をこぎだした時だった。

「終わりましたよ、モルジアナ殿」

声がかかり霞がかった意識を引き戻す。
――白龍さんに直してもらっているというのに私ったら危うく寝てしまうところだったわ。
それは居心地のよさからくるものであるが、当の本人はまだそれに気付いてはいない。
どうぞ、と渡されたそれはすっかり綺麗に直っていた。
あの大きく破れた箇所だけではない。ところどころボロボロのなっていた肩口のところや襟まで直されていて、モルジアナは白龍の器用さに感嘆する気持ちと申し訳ない気持ちとが入り混じって複雑そうな面持ちで目の前に立つ白龍を見上げる。
その表情をネガティブに受け取った白龍の表情が曇る。

「あの、俺余計なことをしてしまったのでしょうか」

予想だにしない言葉にモルジアナは目を見開く。
どうしてそんなことを言うのだろう。
余計だなんて、そんな――。

「あなたがそんな顔をするなんて、思いもしなかったです。本当に差し出がましいことをしてしまいました」
「違います。余計なことじゃありません。これ、直していただいて本当にありがとうございました。さっきは、白龍さんの器用さが羨ましくて、でもこんなにきれいに直してもらって申し訳ない気持ちで、なんだかどう表現したらいいのかわからなくなってしまって、その……」

上手く言葉に表現できないモルジアナはついには黙ってしまう。
その様子を見て、白龍は安堵のため息を漏らして、よかったと小さく呟いた。

「よければ、何かお礼をさせてください」
「いいですよ、礼なんて。俺が好きにやったことですので」

でも、とそれでも食い下がるモルジアナにじゃあ、と白龍は提案をする。

「今度お茶をご一緒してください。それで十分です」
「お茶、ですか? それだけでいいのですか?」
「はい。それに……いえ、これは言うべきではありませんね」

そう言って会話を切る。
無理矢理終わらされたその会話を続ける糸口が見つからなくて、結局モルジアナもそれきり話すことなく部屋を出ることとなった。
白龍が最後に何を言おうとしたのか、それは彼だけが知る秘密。

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