ブバルディア―交際


「ただいま帰りました」
「あらぁ、白龍ちゃんおかえり」
「おお、おかえり白龍! モルジアナ!」
「おかえりなさい、白龍おにいさん、モルさん」

予期せぬ返事に驚いて顔を上げれば、そこには義姉上の姿だけでなく、旧友であるアリババ殿とアラジン殿もにっこりと笑顔でカウンターに肘をついて出迎えてくれた。
なんで二人がここにいるのだ。
――いや、そんなことは考えずともわかる。義姉上だ。義姉上が話し相手に呼んだのだろう。

「随分と仲がよくなったのねぇ」

うふふと笑う義姉上の視線の先には俺とモルジアナ殿の繋がれた手。
それにつられるように、アリババ殿とアラジン殿も視線を追い、アリババ殿は首を傾げてアラジン殿は優しく微笑んだ。

「ん? そういやなんで手なんか繋いでんだ?」

全く状況が呑み込めていないアリババ殿は、俺とモルジアナ殿が仲良く手を繋いでいることが不思議で仕方がないらしい。
前々から思っていたことではあるけれど、この人は恋愛関係の方にはてんで勘が働かないのではないのだろうか。いや、わかっていてこの態度なのだろうか……?
何にしてもちゃんとした報告は必要だろう。
この二人は、モルジアナ殿の一応の雇い主であると同時に同居人なのだから。

「義姉上、アリババ殿、アラジン殿。俺はモルジアナ殿とお付き合いをさせてもらうことになりました」
「…………は?」
「おめでとう、白龍おにいさん! モルさん!」
「よかったわねぇ、白龍ちゃん」

アリババ殿を除く二人は素直に喜びの声をあげてくれたけれど、当のアリババ殿はなんとも表現しがたい表情を顔面に貼り付けてフリーズしてしまっている。

「は? え? どういうこと?」
「いえ、ですから……」
「俺はそんなこと一言も聞いてないぞ!? え? なに、お前いつからモルジアナのこと好きだったの!? ていうかモルジアナも白龍のこと好きだったの!? アラジンも紅玉もなんか頷いてるけどもしかして知らなかったの俺だけ!?」
「私も今知ったのよぉ。でも、ここに入ってきた瞬間からなんとなくは気付いたけどねぇ」

さりげなく、気づいていなかったのはアリババ殿だけだと言って、義姉上がじっとモルジアナ殿を見つめる。

「あなたが、白龍ちゃんが選んだ子なのねぇ」
「こんにちは、はじめまして。モルジアナです」
「練紅玉よぉ。これから末長くよろしくねぇ」
「はぁ、末長く……?」

義姉上の言葉に引っかかるところがあったのか、モルジアナ殿は首を傾げながら返答した。
その様子を見て、義姉上はにこりと笑みを作る。

「白龍ちゃんね、昔こんなことを言っていたのよ。付き合うのであれば、その人との将来をちゃんと見据えることのできる人がいいって」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「どういう意味だと思う?」

笑みを崩さず、質問を質問で返す。
問うたのは自分の方だというのに、逆に問われる形になってしまい、モルジアナ殿は眉を寄せる。

「まあ、いいわぁ。初々しいカップルにはまだ早い話でしょうしね」

意地の悪い顔。
内心冷や汗をかいてしまった。
まさか義姉上が覚えていただなんて思わなかった。あんな昔の話――とうに忘れているものだとばかり思っていたのに。

「なにはともあれだ! アラジン今日は赤飯炊くぞ!」
「そうだねアリババくん! モルさんに恋人ができたおめでたい日だもんね!」
「そ、そんなにおめでたいことなのですか?」

二人のはしゃぎように若干内心引きつつも、何故そこまでお祭り騒ぎ状態なのか疑問に思う。
確かに、俺の中ではかなりお祭り騒ぎだけれど、この二人がモルジアナ殿以上に騒いでいるのはどうも気にかかる。

「お前にとってモルジアナは何人目かの彼女なのかもしれないけどな、モルジアナは人生初なんだぞ!? 誰かの強制でも、命令でもない、モルジアナ自身が誰かを――お前を好きになったんだ。自分の意志で誰かの隣に居たいと思えるようになったんだ! それが嬉しくないわけないだろ! めでたくないわけがないだろ!」
「モルさんはね、ちょっと事情持ちなんだよ」

アリババ殿とアラジン殿の言葉に妙な引っ掛かりを感じる。
誰かの強制でも命令でもない? 事情持ち?
こういう話は本人から聞いた方がいいのかもしれないと、モルジアナ殿を見やれば複雑そうな顔でこちらを見て、そして薄く笑う。

「今度、お話ししますね」

それは今この場では聞くな、という意思表示。
余程言いたくないことなのだろうか。
――いや、それは俺にもあることだ。俺にも……まだモルジアナ殿に言っていないこと、あまり言いたくないことがあるのだから。
未だ複雑そうな表情でいる彼女の手をそっと握る。
この行為が一体何の意味を持つのかなんてわからない。だけど、何かをして差し上げたかったのだと思う。何もできないから、せめて手を繋いで少しでも彼女の表情の中に潜む何かを拭いたかったのだ――と。

「白龍さん」
「はい」
「ありがとうございます」

モルジアナ殿は先ほどよりかは明るい笑顔で、そう言ってくれた。



(よっしゃ! アラジン買いだしに行くぞ!)
(5人分でいいのかな?)
(え、ここでお赤飯パーティーを開くんですか!?)

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