大雨のちティータイム


雲行きが怪しい。
鍛錬の途中でそう気付いて、慌てて屋根のあるところに走り込んだ。
途端に勢い良く降り出した雨に、安堵のため息を漏らす。あと数秒遅れていたらきっとこのバケツをひっくり返したような雨の餌食となっていただろう。
ザガンの能力と自分自身の持つ魔力操作で動くこの左腕を早く生身と同じように扱えるようにしなくてはならないのに、この雨では当分それも叶わない。
兄上たちとの誓いの為にも、姉上をちゃんと守る為にも、俺はこの腕を使いこなさなければならないというのに。
不幸なことに、すぐにはやみそうにない雨のようだった。

「今日はもう終わりにしてしまうか」

誰に言うでもない独り言は雨音によってかき消されてしまった。
やろうと思えば宮殿内でも槍を振るうことはできるだろうけど、それだと常に周りに気を張っていなければならない。もし俺の振るった槍で誰かを傷つけてしまってはいけないし、狭い空間では満足に動くこともできない。
思えば、今日はまだ一度も休息を取っていなかったこともあって自主鍛錬はここで打ち止めと相成った。
大きくため息を吐き出す。
ふと、人の気配がした気がして俯いていた顔を上げると、遠くからゆらゆらと歩く人物の姿があった。
紅い髪。切れ長の凛とした瞳。異国の質素なワンピースに両腕には眷属器を身につけた少女。
先程から降り注ぐ雨に何もかまうことなく、真っ直ぐ向かってきている。

「モルジアナ殿!」

声をかければむこうもこちらに気付いたようで、首を傾げてくる。

「白龍さん。どうかしたんですか?」
「どうもこうもありません!」

すぐ近くまで来ていた彼女の腕を引いてこちらに引き寄せる。
突然の引力に逆らうことなく、いとも容易くその体はふわりと飛んだ。
何故腕を引かれたのかよくわかっていないのか、またも首を傾げる彼女に内心頭を抱えながらも、自室から持ってきていた大きめの布でびしょ濡れの体を優しく包み込む。

「女性が無闇に体を冷やしてはいけません! どうしてこんなどしゃ降りの雨の中悠々と歩き回ったりしてしまったのですか。どこかで雨宿りをするなり、歩き回るのでしたらせめて大きな葉を傘代わりにするなどしてください」
「すみません……。マスルールさんとの鍛錬が終わって戻ってくる途中で降られてしまったので。動いて暑かったのでちょうどよかったというか」
「風邪をひいたらどうするんですか。今後は気を付けてくださいね」

説教をしているつもりはなかったのだけど、布で包まれた彼女は俯いていて少し悲しそうな顔をしていた。
そんな顔をさせたかったわけではないのに。

「すみません。少し、言いすぎました」
「あ、いえ。私こそすみませんでした」
「モルジアナ殿の強さは折り紙つきですし、雨に濡れたくらいではきっと風邪などひくことはないのでしょう。ただ、俺が見ていられなかっただけなんです」

言いながら優しく頭を布で覆い水分を拭き取っていく。
こんな程度じゃ何の気休めにもならないかもしれないけれど、やらないよりかは幾分かましだろう。
大方拭き終えて布を取ると、すぐ目の前にモルジアナ殿の顔があって一歩後ずさる。

「……? どうかしたんですか、白龍さん」
「いえ、何でもありません」
「そうですか。白龍さんは今日の鍛錬はもう終わりでしょうか?」
「そのつもりです。この雨ではやめざるをえませんし」

苦い顔しか作れない。
本当ならもっと鍛錬を積みたいのだけど、今は自分の腕を使いこなすことに精いっぱいで周りにまで気を配れる自信がない。
怪我人を出してからでは遅いのだ。
それならば、他のできることを探すまでだ。
と、目の前の彼女から小さなくしゃみが聞こえる。
雨が体温を奪ってしまったのだろう。先ほどはああ言ったけれど、いくらファナリスが強靭な肉体を持っているといっても、やはり雨に打たれれば体は冷えるしそれに伴って風邪だってひいてしまうことだってあるのだろう。
手に持っていた布でせめてもの暖をと思ったけれど、既にそれはびしょ濡れで冷えてしまっている。これでは意味なんてないしむしろ逆効果ですらある。
早く着替えて体を温めなければ本当に風邪をひきかねない。

「モルジアナ殿は今日の鍛錬は終わりですか?」
「はい。そのつもりです」
「では、今から俺と温かいお茶を飲みませんか? 体、冷えてしまっているでしょう。ちょっと独特な香りがしますが、体が温まりますよ」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫……くしゅ!」
「このままでは本当に風邪をひいてしまいますし、さあ行きますよ。女性は体を冷やしてはいけません」

半ば強引にモルジアナ殿の手を引く。
それに抗うことなく、ついてきてくれて俺の行動がおせっかいで終わることがなくてよかったと心の中で安堵した。



(女性……ね)

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