オトギリソウ―秘密


情けない。
昨日から本当に情けない姿しか彼女に見せていないのではないか。
リビングに寝転がって、先ほどからそのことばかり考えている。
かっこいい姿を見せたいわけではない。――でも、情けない姿は見せたくない。
それが好意を寄せている少女であるならなおさらだ。

「何をやっているんだ……俺は」

寝返りを打って、このまま目を閉じて夢の中にでも逃げてしまおうか。
そう考えて……考えるだけにした。
そうだ。何かあればモルジアナ殿が呼びに来ると言っていた。
本来ならば自分の仕事であるはずの店番を今、彼女に任せっぱなしにしてしまっている。
本当なら降りて、やるべき仕事があるはずなのにたぶんそれを彼女は許してはくれないだろう。
許してくれない、と言うと語弊がありそうだけど。
休んでいてくださいと半ば実力行使でここに連れてこられてしまったのだ。
どの顔を下げていけるというのだ。
彼女にそう思わせてしまうほど、俺は酷い有様だったのだろう。
具合なんて悪くないし、休むほど疲れてなんかいない。
それはそうだ。まだ午前中――10時前なのだから。
だけど、あの人の言葉で取り乱して、顔を真っ赤にして、そのあとモルジアナ殿に迷惑をかけてしまったことは事実。
ああ、そういえば植木鉢割ってしまったのだったか。
今度来店してくれた時に新しい物を差し上げなければならないな。
大きく息を吸い込んで、吐き出す。
そして、あの言葉を思い出す。
“あなたは白龍くんの彼女なのかしら?”
あの時、モルジアナ殿は否定しなかった。
否定する暇がなかったという方が正しいか。
俺がその言葉に動揺して手にしていた植木鉢を落としてしまったのだから。
でも、もしあの時植木鉢を落としていなかったらモルジアナ殿は何と返したのだろうか。
そんな関係じゃありません、が一番有力説だろう。
そう、俺とモルジアナ殿は“そんな関係じゃない”のだ。
ただの花屋の店員とアリババ殿のところで働くお手伝いさん。
それ以上でもそれ以下でもない。
一方的に俺が彼女のことを好きなだけ。
そう、一方的に。
きっと彼女は俺のことを花屋の店員以上に考えてなんかいないだろう。
それがすごく寂しくて、悲しい。
こんなの独りよがりの想いだなんてわかっているつもりなのに。
だけど、もしかしたら彼女も俺のことを好いてくれているかもしれないという甘い幻想を拭いきれない。
女々しいと笑われても構わない。
俺は彼女のことが好きで、彼女にも俺のことを好きになってほしい。
姉上以外で初めて大切にしたいと思った少女。
力持ちで、優しくて、無愛想だけど笑うとすごくかわいいあなたのことが――

「好きです……モルジアナ殿」

カタン、という物音。
我に返って音のした方へすぐさま首を向けると、そこに立っていたのは件の少女、モルジアナ殿。
――どこから聞いていたのだろう……。今の言葉、聞かれていたのだろうか。

「お客さんです、白龍さん」

極めて冷静にそう言われ、よかった聞かれていなかったのだと安心する。
わかりました、すぐに降りますと言うとお願いしますと、これまた冷静に返された。
衣服を整えて店に向かい、すぐさま接客。
お客さんは買いたいものが決まっていたらしくすぐに、これとあれとそれ、と指差してラッピングを指示してくる。
それを手早く終えて会計と引き渡しを済ませて見送る。
チリンチリンと小気味の良い音を鳴らして戸が開けられ、そして閉められる。
静けさが店内を包み、時計の音だけがその存在を主張していた。
だいぶ落ち着いてきたし、これ以上仕事をしていない時間を作ればまたあの事を思い返してしまう気がしたので、もう二階に上ることはよした方がよさそうだ。
モルジアナ殿も大丈夫と判断したのだろう。もう何も言わなかった。
そっと、彼女の様子を窺うも特に何の変化も見られなかった。
――やっぱり、聞かれていなかったんだな。
安心して、でもやっぱり聞いていてほしかったなんて矛盾はおかしいだろうか。
俺の気持ちを、知っていてほしかっただなんて。こんなのただの押し付けだなんてわかっているけど。

「あ、モルジアナ殿。そういえばエプロンを渡し忘れていました。服が汚れてしまうといけませんのでこれを……」
「――っ!」

引き出しからエプロンを取り出して視線を上げれば、顔を真っ赤にした彼女と目があった。
――え? あれ? もしかして、聞いて……

「すみません! ちょっと私出てきます!」

脱兎のごとく。
その言葉が最も似合うのは今の今まで目の前にいたモルジアナ殿であろう。
そんなに慌てて外に出たらぶつかるだろうに、なんて俺の斜め上な心配事をよそに彼女は炎天下の空の下駆けていった。



(あれ? おかえりモルさん)

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