意固地の相合傘


「雨ね」

体育館のドアからふと空を見上げると、ちょうど雨粒が地面に落ちてくるのが見えた。
練習もダウンも後片付けも終わって、自主練組を残して帰るだけだったけれどなんというタイミングでの雨だろう。
もう少し遅ければよかったのに、と自分勝手な願いを心の中で呟く。
まだ館内にいるみんなに雨が降ってきたから早く帰りなさいと言えば、慌てて部室へ戻っていく姿が見受けられた。
今日は雨が降るだなんて天気予報のお姉さんも言ってなかったから傘なんて持ってきていない。鞄の中に折り畳み傘があったような気もするし、なかったような気もする。
記憶が曖昧になっているから早々に鞄の中身を確認する必要があるかしら。
傘のあるなしで、悠々と歩いて帰れるか、濡れながら走って帰るかという大きな二択の選択を迫られることになる。
今の時期、濡れて帰ると風邪を引く確率がぐんと上がってしまう。できることなら濡れて帰ることは避けたい。今に始まったことではないけれど、バスケ部にとって一日一日の練習はとても大切だ。――いや、これはどこの部活も同じだろうけど。
だからこそ体調管理をしっかりとしなくてはならないし休むわけにはいかない。
いつの間にか私一人だけが館内に取り残されていた。ひとまず体育館を閉めなくてはならないので鞄を持って外に出る。その際にちゃんと戸締りしてあるかの確認も忘れない。鍵を閉めてあとはこの鍵を戻しに行くだけ。
ここで漸く鞄の中身を確認して、傘がないことが判明。

「あちゃー……」

濡れて帰るという一択になってしまった。
ため息しか出てこない。
しかも体育館の鍵まで持っているからこれも返しに行かなくてはならない。
面倒だけど返さないということはできない。

「カントク」

声をかけられた方向を見れば、黒子君と火神君がジャージ姿で立っていた。
あら? 着替えなかったのかしら。

「体育館の鍵を返してきますので貸してください」
「いいの?」
「主将命令っす」
「ありがとう。じゃあ、お願いするわ」

そう言って手にしていた鍵を彼らに渡す。
これで直帰できるけど、やっぱり傘はないから濡れて帰るしかない。気が重たいのは変わらない。
覚悟を決めて走るしかないかしらね……。

「おー、リコ。まだ残ってたのか?」

走りだそうとしたタイミングで鉄平に声をかけられた。
もう少しで走り出せたのに、勢いを完全に殺されてしまった。
ついでにせっかく決めた覚悟もどこかに飛んで行ってしまったではないか。

「あれ、カントク。もしかして傘ないの? じゃあこれ使ってよ」

鉄平の隣りにいた伊月君が私の手に傘がないことを見とめて、自分の傘を差しだしてくる。
鉄平は「ああ、だから走ろうとしてたんだな」なんて言うけれど、なら止めないでほしかったわ。

「大丈夫よ、伊月君が濡れちゃうからそれは伊月君が使ってちょうだい」
「そうだけど、カントクだって濡れちゃうだろ? 女の子は体を冷やしちゃだめなんだから雨の中濡れて帰るなんてだめだ」
「でも、」
「何やってんだ三人とも」

ちょうどいいタイミングとはまさにこのこと。
いったいこの三人は何をしているんだと不思議そうな顔をして、日向君がやってきた。
そうよ、日向君なら家も近いから入れてもらえばいいじゃない!
どうして今まで気が付かなかったのかというくらいの名案だ。

「日向君! ちょっと家まで入れてって!」
「あ? ああ、いいよ。ほい」

傘を少し右にずらして私が入るスペースを開けてくれる。
パシャパシャと水たまりを踏んでそこに入る。

「伊月君ありがとう! 日向君に入れてもらうわ」
「そっか。それは名案だな」
「じゃあまた明日ね!」
「おう」

ひらひらと手を振って、すぐに前を向く。

「日向君ありがとう。今度何かお礼するわ」
「別にいいって」

言いながら傘をずいぶんとこちらに傾けてくれているようで、よく見れば彼の右肩は既にびしょびしょになってしまっていた。
柄を持つ手にそっと自分のを重ねて押し返す。

「日向君が濡れるから真っ直ぐ持って」
「それだとカントクが濡れるだろ」
「私は入れてもらっているんだから多少濡れてもいいのよ」
「よかねえよ! ああもうほら!」

せっかく戻した傘を再びこちらに傾かせてくるものだから負けじと押し返す。
永遠とそれの繰り返し。おかげで二人ともびしょびしょになってしまったけれど、寒さを忘れてしまうくらい、その日はとても楽しい帰路になった。



(あれで付き合ってないんだもんな)

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