カンパニュラ―感謝


「モルさん!」

明るい声に振り返れば、アラジンが青いおさげを右へ左へ揺らしながらこちらへ歩み寄ってきた。
いつ見ても笑っている彼を見ると自然とこちらも表情が緩む。

「ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「力仕事ですか? 任せてください」
「力仕事じゃなくて、お花屋さんに行ってほしいんだ」
「白龍さんのところですか?」
「そう。白龍おにいさんのところ」
「わかりました。何を買ってくればいいですか?」
「えっと、何でもいいからモルさんの好きな花を買ってきておくれ」
「私の……? 花のことは全く分からないのですが」
「じゃあ白龍おにいさんに選んでもらってもいいから」
「はあ……。ではいってきます」

アラジンとの会話を終えてすぐに出発の準備をする。
彼から渡されたお金を手にして屋敷を出る。
この間は初めての道だったため迷ってしまったが、今日は大丈夫だ。花屋さんまでの道のりは覚えた。
急ぎであるとは言われなかったけれど、まだまだ屋敷での仕事が山のように残っているから早々に済ませてしまいたい。
準備運動の後、大きく一歩を踏み出して駆けだす。
歩いて行けば10分の距離をおよそ3分で目的地へたどり着く。
初めて来たときは奥まっていて入りにくいと感じた入り口も、今日は違って見える。一度入って、白龍さんと話して、もう見知らぬ店ではなくなったからか……。

「こんにちは」

ベルの音がなんとも心地よい。
店内を見回すとやはりというか、最初に来たときもそうだったが誰もいなかった。
また店奥にいるのだろうか、待っていれば出てきてくれるのだろうか。
とりあえずアラジンに頼まれている花を物色する。
赤い花、白い花、青い花、黄色い花。
名前はわからないけれど本当に色とりどりの花、花、花。
観葉植物も見てみるけれど、今日は花という注文だったからすぐに視線を元の花の方へ戻す。
私の好きな花、と言われても正直困ってしまう。
以前は花なんて殆ど見ることのない生活だったし、今もアリババさんのお屋敷で働かせてもらってはいるけれど、それでも花を見たのはつい最近のことだ。
好みもなにもあったものではないのだ。
ため息をこぼせば気持ちが沈んでいくのがわかった。
好きな花一つもわからないだなんて。

「モルジアナ殿……?」

名前を呼ばれて顔を上げれば、心配そうな表情でこちらを見つめている白龍さんと目が合った。

「こんにちは」
「こんにちは、いらっしゃいませ。すみません、奥で作業していたもので遅くなってしまいました」
「大丈夫です。待ってる間にお店の中を見てましたので」
「今日は何をお探しですか?」
「花です」
「花、ですか……。えっと、どのような?」
「わからないです。アラジンに私の好きな花を買ってきてくれと頼まれたのですが、生憎私には好きな花というのがないので白龍さんが選んでくれませんか?」
「え、俺が選んでいいんですか?」
「はい。アラジンにもそう言われてます」
「わかりました。そうですね……」

そう言って白龍さんは店内をぐるりと見回してから紫色の小さな花がたくさん咲いている鉢を手に取った。
先ほどは切り花しか見ていなかったので鉢植えまであるのかと正直驚いた。

「これなんていかがですか?」

可愛い花、というのが一目見た感想。
アラジンには切り花を買ってきてくれと頼まれたわけではないし、せっかく白龍さんが選んでくれたのだからこれに決めてしまおうか……。

「この花、カンパニュラっていう名前なんです」
「カンパニュラ……」
「はい。少し言い辛い名前ですよね」
「でも可愛い花だと思います」
「そう言っていただけると嬉しいです」

にこりと笑って、白龍さんは手に持っている鉢を私の方へ差し出してくる。
それを受け取ってからしばらく見つめて、心を決める。

「これをください」
「ありがとうございます」


*


「アラジン! 買ってきました」

屋敷に戻って、いの一番にアラジンの元へ向かう。
早かったねぇ、と驚いた様子で鉢を受け取るとそれをそのまま私の方へ差し出してくる。
状況がうまく呑み込めなくて首を傾げると、彼はにこりと笑う。

「いつもお仕事ありがとう! これは僕からのプレゼントだよ」
「あ、ありがとう……ございます」

とんだサプライズプレゼントもあったものだ。
だからあの時“私が好きな花を買ってきて”と頼んだのか……。
好きな花ならもらっても困ることはないだろう、と。
気遣ってもらったことが嬉しくて、差し出されたその鉢を私は暫く抱きかかえていた。



(その花、すごくきれいでかわいいね!)

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