本当は一緒に帰りたかったなんて、


部室を出たところでいいタイミングというか悪いタイミングというか、雨が降り出した。
折り畳み傘を持ってきていたか鞄の中を調べるも、今日に限ってその存在がない。
そういえばこの間雨が降った時に使って干したまではよかったけれど、玄関のところに置きっぱなしにしてしまっていたことを思い出す。

「やっちまったべ……」

小さくため息を吐き出す。
今日は部室の鍵閉め当番だったから必然的に俺が最後なわけで、誰かに傘を借りることもできないし、偶然部室に忘れ物などの傘があるなんて都合のいい状況はない。それは確認済みだ。
それに万が一傘があったとしても勝手に借りるのはやはり気が引ける。
いくら同じ部活の仲間とはいえ、次の日自分の傘がないのを見つけたらやはり気分は良くないだろうと思うし。
坂ノ下商店でもしかしたら傘を売っているかもしれないけど、さっき財布の中身を見たらとてもじゃないけど傘なんて買えるような金額は入ってなかった。
そうなると残った選択肢はほぼ一つ。
今ならまだ降り始めだし、走って帰ればそんなに濡れずに済むかもしれない。
部活後に家まで走るって日向みたいだ。……日向は自転車で山を越えるけど。
そう考えると俺なんて走ればそう何十分とかかるわけじゃないし、体力作りと思えばそんなに苦ではないかもしれない。少々鞄が重たいのが気になるが、これも筋力アップだと考えて、前向きになろう。
すっかり冷えてしまった体をほぐすように軽く柔軟をして、まずは教官室に部室の鍵を返しに行こうと階段を降りたところで、

「菅原?」

声をかけられた。
声の主はわかったけれど、彼女がどうしてこんな時間まで居残っているのかがわからない。

「清水、先に帰ったんじゃなかったか?」
「教室に忘れ物取りに行ってたから」
「そっか」

会話が途切れる。
次の言葉を言おうとして口を開いた瞬間、清水の方が先に言葉を紡ぐ。

「傘は? 持ってないの?」
「忘れたからこれから走って帰るとこ!」
「風邪ひく。これさして帰って」

そう言って、清水はさしていた傘を俺に向けて差し出してくる。
一瞬の間。
戸惑っている俺を不思議に思った清水が尚も傘を押し出してくる。

「清水が濡れるだろ。俺は大丈夫だから」
「傘、二本あるから。菅原はこれ使って」

鞄の中から可愛い柄の折り畳み傘を出して、これがあるからと薄く笑う。
清水の厚意に甘えてしまってもよいだろうか。
正直なところを述べるのならば、濡れて帰るのは嫌だし走って帰るのも気が滅入っていた。
練習で疲れ切った体で更に家までの距離を走るのは本当ならやめてしまいたかった。
傘を貸してもらえるというのならこれほどありがたい話もない。

「ありがとな。お言葉に甘えるべ」
「今度返してくれればいいから」
「本当助かる! 危うく雨降りの中走って帰る羽目になるところだったべ」
「大切な選手だから風邪をひいたら困るもの」

清水の言葉に頬が赤くなるのがわかる。
マネージャーなんだから部員のことを心配するのはわかってる。
わかってはいるんだけど、理解してはいるんだけど、その言葉がとても嬉しくて顔がにやけそうになるのを手で押さえてそっぽを向く。
俺のその行動に清水は首を傾げる。

「菅原、どうかしたの?」
「な、なんでもない! なんでもないから!」
「そう……? 顔赤いけどもしかして熱あるんじゃないの?」
「大丈夫! 大丈夫! じゃあまた明日な!」

差し出された傘を受け取って、逃げ出すように彼女の隣をすり抜けて教官室へ走った。



(菅原……本当に風邪ひいたんじゃないかしら)

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