コブシの花を君に


日課というほどではないけれど、今日も紅玉に花冠の指導をするために彼女の元へ向かう途中、

「我、我愛イ尓!」

向かいの廊下で白龍がモルジアナに何かを叫んでいる声が聞こえた。
聞いたことのない言語。
おそらく煌帝国の言葉であろうそれは妙に耳に残った。

「ウォー、アイ、ニィ?」

復唱してみても意味なんて分かるはずもない。
首を傾げつつも、歩みを止めず真っ直ぐ目的地へ向かう。
今から会う彼女ならばこの言葉の意味もわかるはずだろう。
話のタネにもなるし、聞いてみようか。
この話に一応の区切りをつけて、ふと視線を周囲に向けると、白い花が咲いているのが見えた。
――そういえば、紅玉って白い花が好きなのかな。
初めて花冠を作って見せた時も白い花を摘んでいたし……。
土産というもののほどではないが、なんとなく目に入ったし綺麗な花だったから一輪摘んでいこう。
手を伸ばして摘もうと思ったら枝ごと折れてしまった。
そんなに力を入れたわけではないのにそれは見事にぽっきりと。

「うわ、やっちまった! 怒られるかな……ってあれ? なんかすげえいい匂い」

折れた枝から漂う香りに自然と頬が緩む。

「これ、紅玉にあげたら喜びそうだな」

右手でそれを遊ばせながら歩みを早める。
花が好きな彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。

*


「紅玉!」

花に囲まれた場所で紅玉はいつもの通り姿勢正しく座っていた。
俺の声に視線を上げた彼女は花のような笑顔で迎えてくれる。

「アリババちゃん! 今日も来てくれたのねぇ」
「おう!」

笑顔に笑顔で返す。
右手に持つ枝を差し出しながら向かい合うような形で座る。
俺の手の中にあるそれと、俺とを見て「ありがとぉ」と受け取る。

「あら、いい香りね」
「だろ? 偶然枝が折れちゃってさ、その時すげえいい匂いがしたんだよ。紅玉が好きそうだなあって思ってさ」
「アリババちゃん、ありがとう。……この花、コブシね」
「拳?」
「違うわよぉ」

握り拳を見せて問えば、否定の言葉が返ってきた。

「コブシっていう名前の花なのよぉ」
「なんだ、花の名前か」

何だと思ってたの、と呆れ顔の彼女。
知らなかったこととはいえ、なんだか恥ずかしくなってしまう。

「コブシの花言葉はね、“友愛”なのよぉ」
「“友愛”か! 俺と紅玉らしい花言葉だな!」

白い歯を見せて笑うと、むこうもつられて笑みを見せてくれる。
偶然見つけた花とはいえ、その花言葉が“友愛”だなんて、まるで運命のようなものを感じる。
花を見つけた話に紐づけされて、先ほど白龍が叫んでいた言葉を思い出す。

「そうだ、なあ紅玉。煌帝国の言葉でウォーアイニィって知ってるか?」
「え!? な、なんでアリババちゃんがそんな言葉を知ってるの!?」

彼女が驚き100パーセントの表情で、身を乗り出して問い返してくる。
そんなに驚くような言葉なのだろうか。
白龍が叫ぶほどの言葉なのだから、きっとすごい意味があるのかもしれない程度の認識であったけれど、今の反応を見る限りその認識は間違いではなかったことが窺える。

「いや、さっき来る途中で白龍がモルジアナにそう叫んでたのを聞いたんだよ」
「白龍ちゃんが……。そう、そうなのね……。相手の子はどんな様子だったのぉ?」
「モルジアナか? さあ? 遠目からだったからよく見えなかったけど、いつもの無表情で白龍の方に歩いて行ったけど」

そうなのね、と一人納得したように呟く彼女。
問うたのは俺の方だというのに、むこうは云々と唸るばかりで、話が見えてこない俺としてはこの疑問に早く応答をもらいたいところだった。

「我愛イ尓は……そうねぇ。もっと仲良くなりたい相手に使う言葉かしら」
「へー、そうなのか。今でも十分仲良いと思うけど。そういえばあいつらたまに鍛錬とか一緒にやってたりするしな」
「そう……ね」

歯切れの悪い返事に内心首を傾げつつも自分の中での疑問が解消されたからよしとすることにした。
ずいぶん話が逸れてしまったけれど、今日も花冠指導を始めようと手近にあった花を数本摘み取る。
それに倣って彼女も手近にある花を数本摘み取る。
最初のころより幾分かましになった花冠だけど、まだまだ綺麗と言うには程遠い。
だけど、彼女の向上心は凄まじいものでここ数回で見れるものになるまで技術を磨いていた。
ふと、視線を感じ、手元から顔を上げると彼女が真っ直ぐこちらを見つめていた。

「ねえ、アリババちゃん。ちょっと頼みたいことがあるのだけど」
「なんだ?」
「花を買ってきてほしいの」
「花? ここにたくさん咲いてるじゃねえか」
「ここにある花じゃなくて、コチョウランっていう花なのよぉ」
「コチョウラン?」

聞いたことのない花の名前に俺の頭はクエスチョンマークで埋まる。
まあ、欲しいというなら買ってくることは吝かではない。

「何に使うんだ?」
「頑張って愛の告白をした男の子に少し手を貸してあげるのよぉ」
「愛の告白?」
「気にしないでちょうだい。独り言よぉ」

そう言って笑った彼女は――まるで弟を愛しむ優しい姉のようだった。



(お願いね、アリババちゃん)


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相変わらずunicodeさんが仕事をしてくれなくて涙目。
ウォーアイニィのアイの字は愛ではなく似たような漢字ですがここでは愛の字を使わせていただいております。

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