ダリアの花をあなたに


部活終わりの帰り道。
いつもならそのまま通り過ぎてしまう花屋の前で、何故か目に留まる白い花を見つけて立ち止まる。
白い小さな花が集まって形を成している、紫陽花のような花。
不思議とそれを手に取っていた。

「あら、潔子ちゃん。どうかしたの?」
「あ、いえ……」

店の奥からこの店の店主である、顔なじみのおばさんが笑顔を浮かべて出てくる。
咄嗟に手にしていた花を元あった場所に戻す。
おばさんはそれを見とめて、さらに笑みを増す。

「コデマリが気になるの?」
「コデマリ……? この花コデマリって言うんですか?」
「そうよ。可愛くてきれいな花よね。確か花言葉は“努力”だったと思うわ」
「……“努力”」
「誰かにあげるの? それならラッピングしてあげるわよ」
「え、いえ、そういうわけじゃ……」

顔の前で手を振って否定するも、このコデマリが気になるのも事実。
可愛くて、綺麗で、それでいて、花言葉が“努力”。
努力、という単語を聞いて真っ先に思い浮かんだ彼の姿。
特出した才能なんてなくて、ただひたすら努力で培ってきた技術を武器に戦い、いつも笑顔でチームメイトを支え、コートに向かう彼らの背中を見てきた菅原の姿。
バレーが本当に好きで、コートに立っていたくて、でもそれは才能を持つ後輩によって叶わない。
彼ほど“努力”という言葉が似合う人間を私は見たことがない。
中学の時も部活で努力している人間を見てきたけれど、やっぱり菅原には負けると思う。

「潔子ちゃん……? どうかしたの?」
「なんでもないです。……おばさん、これください」

一度戻したコデマリを今一度手に取ってそれをおばさんに手渡す。

「一輪だけでいいの?」
「はい」
「じゃあ可愛くラッピングしてあげるわね」
「あ、その可愛くはしなくていいので……」
「……? あ、そう。そういうことね! 潔子ちゃんにも遂に春が来たのね」
「ち、違います!」

ごまかさなくてもいいのよぉ、と笑うおばさんをなだめて簡単なラッピングをしてもらった花を受け取って足早に花屋を後にする。
何故か頬が熱い。
春が来た……? 春が?
悶々とする胸中がとても居心地が悪かった。


*


急いでいた歩みを止めて携帯電話で先ほど話題に上がった彼の番号を呼び出した。
数コールの後、

『清水?』

菅原の声がスピーカーから聞こえてくる。

「菅原、今平気?」
『おー、平気。どうかしたのか?』
「大した用事じゃないんだけど……渡したいものがあって」
『清水が俺に? 今どこにいる?』
「え、どこって……言ってわかるの?」
『あー、たぶん近くにいると思うから……、あ、いた!』

清水―! と背後から声が聞こえて、慌てて振り返れば携帯電話を片手にこちらへ走り寄ってくる菅原の姿が見えた。
なんでこんなところに、と思う頃にはもう目の前に彼が到着していた。

「菅原……なんでこんなところにいるの?」
「本屋に行こうと思ってさ。うちの近所の本屋だと欲しい本がなかなか見つからないんだ」
「そう……。……菅原、これ」

右手に持つコデマリを差し出す。
菅原はそれと私の顔を見合わせて、きょとんとした顔を見せる。

「花……?」
「そう……。花屋さんで見つけたから」
「俺に?」
「そう」

ありがとな、といつもの笑みを見せて差し出したそれを受け取ってくれる。

「綺麗だなあ、この花」
「コデマリっていうんだって」
「ふーん」

手の中でそれをくるくると回してから鞄にしまう。
鞄に入れたらきっとすぐに枯れてしまうだろうに。
でもよく考えたら男子が手に花を持っているという状況も人目を引いてしまうのだろう。
それにここは私の通学路でもある。顔なじみの人なんてたくさんいる。
もし見られたら? 私はかまわないけれど、菅原はそうもいかないのだろう。

「じゃあ、清水。これお返し!」

一人でいらぬ推測を立てている間に、菅原は鞄から小さな置物を取り出して私に差し出してくる。
小さなスノウドームだろうか? ガラスのドーム型の上部にプラスチックの底。中には水と薄いピンクの花びらを持つ花が一緒に揺らめいていた。
右へ左へ傾けるたびに踊る花が私の視線を釘付けにする。

「いつもありがとうな! こんなんじゃお礼にもならないけど。じゃあ、俺はこれで! また明日なー」

そう言葉を残して、菅原は本来の目的地である本屋へと歩みを向ける。
後に残ったのは顔を赤くした私だけだった。



(この花……何て名前なんだろう)

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