愛の物語を教えて


「白龍さん!」

モルジアナ殿が珍しく巻物を片手に訪ねてきた。
いつも体術の鍛錬をしているはずの彼女が巻物を持っているのも不思議であったし、それが煌のものであることも不思議であった。
一体どこからそんなものを持ち出してきたのだろうか。
そこまで考えて、シンドリア宮中には書庫があったことを思い出す。
もしかしたらあそこから見つけてきたものなのかもしれない。

「どうかしたのですか? モルジアナ殿」
「白龍さん、煌帝国の文字を教えてください」
「え……? あ、すみません。何故ですか?」
「この間、偶然書庫に行ったときに見つけたので。これ、煌帝国の巻物ですよね」

そう言って差し出してきたものは確かに煌帝国の物で、でもそれはモルジアナ殿の手の内にあることが不可思議なものであった。
彼女が戦闘教本などの巻物を持っているのならば何の疑問も持たなかっただろう。だけど、実際彼女の手の内にあるその巻物の外題には愛情故事と書かれている。
モルジアナ殿が何故このような巻物を持っているのか……。

「最初の一行目からもうわからなくて」

紐解いて本文を読ませてもらう。
が、一行目で手が止まる。そこに書いてあったのは……、

「我愛イ尓……」

我愛イ尓……。あなたを、愛しています……。
この間から彼女のことを見るだけでも動悸が激しくなるというのに、こんな言葉を、意味を教えろと言うのか。
言って顔が赤くなるのが自分でもわかる。
自分でわかることなのだから、当然モルジアナ殿も俺の変化に気付いているはずだ。
気まずそうに彼女の方を見やれば、やはりというか、困惑の表情を貼り付けていた。

「あの、白龍さん……? 顔が赤いですけど大丈夫ですか?」
「あ、はい! 大丈夫です! 気にしないでください! 何でもありませんので!」
「はぁ……。どこか体調が悪いようでしたら他の方にお願いしますので」
「いえ! 本当に大丈夫ですので!」

必死さが伝わったのか、モルジアナ殿はそれ以上何も言わなかった。
沈黙があたりを包む。
そう何分もそれは続かなかったけれど、俺には数十分の時間が過ぎたかのように感じられた。

「あの、それで……白龍さん。私に煌帝国の文字を教えてくださいませんか?」
「そ、それはかまいませんが……それならこの巻物よりも、もっと実戦で使える戦術指南や戦闘教本の巻物の方がよいと思いますが」
「え……? これ、違うんですか?」
「はい……」

どうやら彼女はこの巻物がどういった内容のものであるか知らずに持っていたらしい。
それもそうだとは思う。彼女は煌帝国の文字を知らないのだから。
だからインスピレーションでこれだと思ったものを取ってきたのだろう。
だからといってこの選択はどうなのだろうとも思うけれど。

「わかりました。今度違うものを持ってきますので、とりあえず今日はこれでお願いします」
「え!? それでやるんですか!?」
「はい。お願いします」

一歩間合いを詰めて真っ直ぐな瞳を向けられる。
その瞳は真剣そのもので、断ることが憚られた。彼女の知的好奇心は俺の想像をはるかに超えていたようだ。
諦めて、恥ずかしさに耐えて、この愛情故事を読み聞かせ文字を教えて差し上げることが俺が今彼女にできることなのだと頭ではわかってはいるが。
わかってはいるが、一行目から恥ずかしさのあまり穴に入りたい気分になる。
文字を教えて差し上げるという名目があるにしても、我愛イ尓――あなたを愛しています、だなんて言えるはずがない。先ほどは驚きのあまり口にしてしまったけれど……。
俺が心の葛藤を終える前に、彼女の頬が徐々に膨らんでいくのが見て取れた。
本当に教える気があるのか、という目だ。

「白龍さん……」
「あ、あのですね……!」
「もういいです。白龍さんにはもう頼りません」
「モ、モルジアナ殿! 待ってください!」
「待ちません」
「我、我愛イ尓!」

力の限り叫ぶ。
突然背後からの大声を聞いた彼女が一瞬萎縮する。
その隙をついて立ち去ろうとする手を掴む。

「我愛イ尓の意味、教えて差し上げます。煌帝国の文字も教えて差し上げます。決して教えて差し上げたくないということではありません。ただ、少し恥ずかしかっただけです。ですから、待ってください」

力任せに掴んだ手を優しく握り直す。
彼女は驚きの表情で俺を見て、そして次に反対側の手で握っていた巻物に視線を落とす。

「お願いします」
「俺でよければ、よろこんで」

心を決めて、喝を入れる。
一行目から心が折れそうだし、恥ずかしくて顔も真っ赤になるだろう。
それでも、彼女との時間を共有できるのであれば、我慢しようと思えたのだ。
……いつか別れる日が来るのだろう。
それまでは、たくさん彼女との時間を作っておきたい。
大切で、愛しいあなたとの思い出を。



(白龍さん、顔真っ赤です)


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unicodeさんが力を発揮してくれなかったので一部漢字を変えてます。

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