胡蝶蘭をあなたに


「白龍ちゃん」


声のする方へ視線を向ければ、義姉上が中庭で手招きをしているのが見えた。
シンドリアへの船中でもあまり話さなかった義姉上が、一体何用だろうか。
不思議に思いながらもそちらへ歩みを進める。

「左腕はもう大丈夫なの?」
「はい、まあ。万全というわけではないですが」
「そう……。まあ、いいわ。白龍ちゃん、これあげるわぁ」

差し出されたもの、それは花だった。
白く美しいそれは、義姉上の手の上で尚更美しく咲いていた。

「コチョウラン……ですか?」
「よくわかったわねぇ」
「何故これを俺に?」
「別に理由なんてないわよぉ。ただの気まぐれだと思ってちょうだい」
「わかりました」

言って、義姉上から差し出されたものを受け取る。
手の中で遊ばせると、太陽の光を浴びてその白さが更に際立つ。
それを見て、義姉上がほんの少し笑みを見せる。

「白龍ちゃん。コチョウランの花言葉、知ってる?」
「花言葉……ですか? いえ、知らないです」

それはね、と続ける義姉上の顔が優しく笑っていた気がした。





「モルジアナ殿!」

廊下を歩くファナリスの少女を呼びとめると、紅い髪を揺らめかせて、彼女がこちらへ振り返る。

「白龍さん。どうかしたんですか?」

にこりと、太陽にも負けない笑みを見せる彼女がいっそう眩しく感じるのは多分気のせいではないのだろう。
あの日――自分の家族のことを話してくれたあの日から、俺は彼女に一方的な想いを抱いている。
初めて、だと思う。
王宮では姉上以外の女性と接点を持った覚えがあまりないし、そもそも姉上も遠征に駆り出されていることが多かったから、今までの日々の殆どを鍛錬に費やしてきた。
……だから、初めてだ。
こんなにも一人の少女のことを好きだと思うのは。
大切で、守りたいと思うのは。
俺からの呼びかけに応えたはいいが、当のこちらが黙ってしまっていることに不審を抱いた彼女は、どうしたものかといった表情で見つめていた。

「あの……白龍さん? どうかしたんですか?」
「あ、すみません。ボーッとしてしまって。……これ、モルジアナ殿に差し上げます」

そう言って、義姉上から受け取ったコチョウランを差し出す。
その花と俺とを交互に見て、モルジアナ殿が微笑む。

「ありがとうございます。綺麗な花ですね」
「コチョウランと言います」
「コチョウラン……。へぇ……」

受け取ったそれをしげしげと見つめて、それを手の中で遊ばせる。
先ほどの自分と同じ行動を彼女がしているものだから、つい笑ってしまう。
そうか、義姉上はさっきこんな風に俺を見ていたのか。

「……なんですか?」

俺が笑っているのが気になったらしく、彼女は不思議そうな顔をして視線を手元からこちらへ移す。
何でもないですよ、と答えて呼びとめてしまったことを詫びる。

「いえ、こちらこそありがとうございました」

ぺこりと頭を下げて、彼女は自らの目的地へと向かうために踵を返した。
その姿を見届けてから、俺も元来た道を引き返す。
コチョウランをくれた義姉上ともう少し話してみたくなったのだ。
自然と早くなる歩みと気持ちが、何故か悪くないと思えた。




(コチョウランの花言葉はね、“あなたを愛します”なのよぉ)

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