お詫びに激辛麻婆豆腐を


「菅原! 清水が呼んでるぞ」

クラスメイトの声に顔を上げれば、教室のドアのところで清水が控えめにこちらに招き手をしているのが見えた。
なんだろう。部活の連絡事項か何かだろうか。
だとしても何故俺? 連絡事項なら大地に言うのが筋というものだろうに。
立ちあがっていそいそと向かうと、そこには少しばかり緊張したような、真剣な表情を浮かべた彼女の姿。一体どうしたというのだろう。

「なんか用か? 大地なら今いないけど」
「菅原に用事があるの」
「俺に? なんだべ?」
「澤村の好きな食べ物って何だっけ?」

……ん?
妙に真剣な顔をしていたかと思えば大地の好きな食べ物の話?
訊かれたのだから応えねばならぬと、記憶の引き出しを一生懸命開ける。

「大地の? えーっと、確か……ラーメン?」
「ラーメン? ラーメンだったら何味でもいいの?」
「しょうゆが好きだったと思うけど」
「しょうゆラーメンか……。そっか、ありがとう」
「……それだけか?」
「それだけだけど」

他に用件はないという明確な意思。
わざわざクラスを跨いで来て、大地の好きな食べ物を聞いて、それだけ?
そこにどのような意図があるのかはわからないけれど、このままではこっちがもやもやして気持ちが悪い。

「なんで大地の好きな食べ物なんて訊いたんだ?」
「菅原には関係ないことだけど」

そんな言い方はずるい。
これ以上踏み込んでくるなと一線を引かれたようなものだ。
でも、そう言われると気になって仕方がないのも事実。

「俺には関係ない?」
「そう。菅原には一切関係ないこと」
「そう言われると気になるんだけど」
「気にしないで。じゃあ、また部活で」

言って彼女は踵を返す。
さらりと揺れる黒髪。ひらりと翻るスカート。
今の説明では到底納得できない。
関係ない? 気にしないで? そんな拒絶の言葉だけじゃ俺のもやもやは収まらない。
ちゃんと理由を話してほしい。
理由と言わずとも、どうして大地の好きな食べ物を聞いたのか説明くらいしてほしい。心の靄を晴らすくらいはしてほしい。
このままじゃ勘違いしてしまう。
清水が、大地のことを好きなんじゃないか、と。
好きだからこそ、大地の好みを把握しておきたいと。
そう思った瞬間だった。
右手が華奢な彼女の左手を掴んでいた。

「……なに?」

驚いた顔でこちらを見てくる彼女に、自分の突発的な行動を恥じる。
勢い任せで掴んでしまった手を開放し、どう釈明するか考えていたら、

「菅原は……激辛麻婆豆腐が好きなんだよね」

彼女の方から先に、予想もしない言葉を俺に向けてきた。
一瞬言葉に詰まって「あ、うん」と味気ない返答をしてしまう。

「澤村のこと、詳しくは言えないけど私はただ澤村の好きな食べ物を聞いてきてくれない? って頼まれただけだから。だから、その、言い方はちょっときつかったかもしれないけどそういうことだから……」
「そ、っか……そうなんか」

一瞬にして靄が晴れる。
ああ、よかった。
もしかしたら大地のことを好きなのかもしれないという疑念は晴れなかったけれど、これで一線を引かれたことに対しては解決した。
頼まれて聞いたと言っていたけれど、一体誰に頼まれたのだろう。
そこまで深く聞いてしまうのは、いくら同じ部活の仲間とはいえ、なんだか気が引けてしまう。

「菅原は、どのくらい辛いのが好きなの?」

何のことだろうと考えて、先ほどの麻婆豆腐の話だと気付く。
どのくらい辛いと言われても言葉では表現しがたいものがある。

「どのくらいって言われてもなあ」
「豆板醤をスプーン何杯入れた辛さが好きなの?」
「具体的になったけど、こればかりは食べてみないとわかんないし」
「……じゃあ、今度作るから味見して」
「おう、ありが……とう?」

え……?
今清水は何て言った?

「それって……今度俺に作ってきてくれるってことか?」
「みんなには内緒ね」
「おう! 清水の手作り料理かあ、楽しみだべ!」
「……期待しないで」
「なんで? 清水の作る料理すっげー美味いじゃんか」
「激辛麻婆豆腐なんて初めて作るから、上手くいくかわからないし」
「ふーん? でも嬉しいことに変わりはないからな」

にかりと笑えば、彼女の方もつられて笑ってくれた。



(豆板醤、どのくらい入れたらいいのかな……?)

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