秘密の20分


午後の一番暑い時間帯だというのに、蝉はまるでそのことを気にすることもなく大合唱を続けている。
ただでさえ今年は近年稀に見る猛暑続きで参っているのに蝉の声が更にそれを助長させている。
この授業はあと5分もしないうちに終わるけれど、それまで集中力が保つとは到底思えない。いや、こんなことを考えているのだから既に集中力なんて切れているのだろう。

「ここからここまでテスト範囲だからちゃんと勉強しておくように。じゃあ今日はここまで」

教室中のざわめきを背中に受けながら教科担当の先生が出ていくのを見届ける。
机上にあるノートと教科書と筆記用具をリュックサックをしまい、時間割をもう一度頭の中で確認する。
6時限目は選択教科を入れていないから今日の授業はこれで終わりのはずだ。
やっと終わったという解放感に一瞬浸り、これから始まる部活のために改めて気を引き締める。

「……?」

右手の薬指に違和感を感じて注視してみれば、そこにはいつの間にか蚊に刺された跡があった。
意識しだした途端痒みが襲ってくる。
痒いけれど掻いてしまっては更に痒くなってしまうのでとりあえず爪でバツ印をつけて、目に入ってしまえば気になってしまうので絆創膏を貼っておく。
痒い……。気になる……。でも、掻いたらもっと痒くなるし……。
なるべく考えないようにして、リュックサックを背負う。



着替えを済ませて体育館へ向かう途中、

「清水」

後ろからの声に振り返れば、そこにはいつもの笑顔の菅原が右手を挙げてこちらへ歩いてくる。

「菅原も選択なし?」
「菅原もってことは清水も選択取ってないんだな。大地と旭が選択取ってるから後で合流だし、1・2年は通常通り授業と掃除だからもっと遅いだろうし、俺らだけで先に準備しとくか」
「うん、そうだね」

体育館に一歩足を踏み入れるとそこは蒸し風呂状態だった。
慌ててすべての窓を開けて熱気を追い出そうと試みるも、外も外で真夏の太陽が活発に仕事をしているためこれでは窓を開けていても開けていなくても変わらないのではないかと思ってしまう。
毎年のことながらこの暑さには耐えるしかないけれど、せめてもう少し涼しくならないものかと思わないでもない。
あらかた熱気が引いてきたのを感じてから、菅原は体育館の倉庫からモップを取り出して、私はネットやボトルを準備する。
ほんの少し動いただけだというのに、未だ逃げ切っていない熱気のせいで額には汗の玉が現れるほどだった。タオルでそれを拭って、止めていた手を動かす。
15分ほどで準備が終わり、二人して体育館から逃げ出すように飛び出した。

「やっぱ夏の体育館はあっちぃな! ちょっと準備しただけでもう汗だくだ」
「まだ全員揃うまで結構時間あるね」
「そうだな……。でも自主練しようにもこの暑さじゃ体育館にいられないしなあ。外でやろうにも一人じゃできないし」
「私でよければ手伝うけど」
「え? ああ、うん。ありがとな」
「じゃあ外用のボール取ってくるね。グラウンドの倉庫にあったよね?」
「1年の頃、外体育でバレーやったから確かあったと思うけど……」
「そうだよね。ちょっと行ってくる」

なるべく日陰を選んでグラウンドまで行き、用具入れから外用のボールを1つ取り出して帰り道も同じ道筋を通って菅原の待つ体育館へ急ぐ。
たった5分の行き帰りでこんなにも満身創痍になるだなんて。

「おかえり! ごめんな、俺が行けばよかったな」
「いいよ、大丈夫。さ、やろう」

大きな日陰を見つけて対面になる。
山なりにボールを放ると、菅原がトスする。
それが正確に私に返ってくると、また放る。
その繰り返し。

「……あっ!」

言うが遅し。
放ったボールがコントロールミスで菅原から離れたところに飛んで行ってしまった。
さすがに屋外でやっているから無茶なレシーブをすることができなくてボールはテンテンと音を立てて転がっていく。

「ごめん」
「あーいいよいいよ! 取ってくる!」

菅原がボールを取りに行っている間に小休止する。
いくら日陰とはいえ、さすがに真夏日に外で体を動かすのは体力の消耗が激しい。
中学時代に体を動かしていたとはいえ、高校に入ってからはマネージャー一筋でやっているからどうしても体力減少は否めない。
大きく深呼吸して汗を拭う。

「ふう……。ちょっと休憩するべか」

ボールを抱えて戻ってきた菅原がそう言って隣に腰を下ろしてきた。
自主練を始めて20分が経過したから、そろそろ休憩を挟むタイミングなのだろう。
滝のような汗、という表現が一番しっくりくるだろう。
私よりも運動量が多い菅原は尋常じゃない汗をかいている。

「あれ……? 清水、それどうしたんだ?」

言葉につられて視線が下に落ちる。
指差す先には先ほど貼った絆創膏。

「これ? さっき授業中に蚊に刺されちゃって」
「蚊……? 教室内に蚊が入るって珍しいな」
「蚊に刺されたって意識しちゃうと痒くなっちゃって、掻くと余計痒くなりそうだから絆創膏貼っておいたの」
「ふーん。そっか……。蚊に右手の薬指を取られたから、じゃあ俺は反対の薬指をもらっていいか?」
「……え? それって……」
「よし、自主練終わり! ボール片付けてくるな!」

菅原は勢いよく立ち上がって、足早にグラウンドへと向かっていった。



(まるで、言い逃げじゃない)

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