呼び捨て要求


「え、っと……清水」
「何? 菅原くん」

日の光を受けて綺麗に光る黒髪を振って、彼女はこちらへ振り返る。
その動作だけで、胸が詰まってしまいそうになるのを堪えて言葉を続ける。

「大地から聞いたと思うけど今日の部活はロードだって」
「大地……? あ、澤村か。ロード……そっか、ありがとう。じゃあ氷たくさん取ってこなくちゃいけないか」

澤村、か。
俺は“菅原くん”で大地は“澤村”。
そこに彼女なりの線引きがあるのか、それともそんなものなくて単に呼びやすさで言っているのか……。
でも、“くん”という敬称がつくだけでほんの少しではあるけれど、距離を置かれているように思えてならない。
むこうの気持ちは知らないけれど、少なくとも俺はもう少し距離を縮めたい。
せめて、大地と同じく呼び捨てにしてほしい。
“くん”という二文字がやけに大きな壁に感じる。

「……マネは力仕事が多くて大変だな」
「うん。でも、その分やりがいだってあるよ」

薄く笑う彼女に俺は、「そっか」とだけ言う。
時計を見やればまだ昼休みの半分しか時間が経っていない。
このまま別れてしまうのは勿体ない気がして、でも話す話題があるかと言われればそれもなく。
結局黙り込んでしまった。
気まずさと後悔。こんな状況になるなら早々に用件を済ませて立ち去ればよかった。
そんな俺を見兼ねてか、彼女の方が沈黙を破ってくれた。

「菅原……は名前なんて言うんだっけ?」
「え……? あ、孝支だけど」
「孝支か。ふうん」

今さらっと流しちゃったけど、名前呼び捨てにした?
聞き違いじゃあないよな……?

「清水、今名前呼び捨てにした?」

聞き間違いでも勘違いでもいい。
もう一度聞きたくて、わざとらしく問う。

「うん。嫌だった?」
「嫌じゃない! え、なに、どうしたの?」
「澤村に、いい加減部員にくん付けするのやめろって言われたから。俺たちはもう一緒のチームなんだからって」
「そっか……!」
「でも、まだくん付けする癖が抜けきらなくて。澤村とは部活の連絡事項とかも含めてたくさん話すんだけど、菅原とか東峰はまだあまり話してないからどうしても他人行儀になっちゃって」

ああ、だから最初に“菅原くん”だったのか。
確かに、大地は俺ら1年のまとめ役みたいなところがあるから、上級生との連絡役とかマネとかとも話す機会はたくさんあるのだろう。
だから必然的に大地と清水は呼び捨てにする仲になれたけど、俺らとはまだその関係が築けるほど話もしていない、と。
答え合わせをしてみれば、何とも簡単なことだった。
壁を作る云々以前の話だ。
そもそも俺と清水はまだ入部して間もないし、そんなに話す機会が多かった訳じゃない。
そんなの、他人行儀になっても仕方のないことではないか。
安心した。
嫌われてなんかなかったんだ。

「どうかした? 菅原」
「なんでもない。俺の勝手な思い込みだったんだ」
「……? よくわからないけど、それは解消されたの?」
「おう、ばっちり!」

ニカリと笑ってみせると、彼女の方も安心したような笑みに変わった。
ああ、本当……よかった。

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