夢の中の君は、


白い靄があたりを閉ざしていた。
払っても払ってもそれはまとわりつくように視界を遮っていく。
一体なんなんだ。
靄のほかに視界に入ってくるものはなく、ただただ白い空間だけが存在している。

「ひ……くん」
「え……?」

呼ばれたような気がして後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、純白のドレスにベール、きれいな花束を持ったカントクだった。
衣装だけではない。顔もいつもと違ってちゃんと化粧をして大人っぽさが前面に出されていた。
見蕩れてしまう。
正直にそう思った。
こちらが口を開こうとしたタイミングを見計らったのか、先に口を開いたのは向こうの方だった。

「日向君、私ね……結婚するの」
「……え、結婚? は? ちょ、誰と……」
「何言ってるの。日向君の知ってる人よ」
「……もしかして、きよ」

最後まで言う間もなく、ブツリと目の前が暗くなる。



「うわあああああああ!!」

飛び起きて周りを見ればいつもの自室。
荒い息を整えて、暗がりの中時計を探せば深夜二時。
嫌な汗が体中にまとわりついていた。

「……夢?」

夢にしては妙にリアル感のある嫌な夢だ。
なんだ、あれは……。なんなんだ?
願望? あれはオレの願望なのか?
未だに混乱する頭の中を整理しようと深呼吸を二回三回。
だめだ……全然落ち着かない。
深夜に何をしてるんだ、オレは。
明日も朝練があるってのに。だめだ、寝なきゃ明日の練習はおろか朝練も耐えられる気がしない。
汗を拭って布団を被ってはみるものの、目が冴えて眠れるわけもなく。
暫くごろごろと転がって眠気が来るのを待つ。
明日の朝練に遅刻したらまずいってのに……。



「おーい、日向大丈夫か?」
「……は? え、なに?」

肩を叩かれて呼ばれるまで気が付かなかった。
眠気と疲れと午後の日差しでいつの間にか意識が飛んでいたみたいだった。
クラスメイトの心配そうな顔が飛び込んできて思わず後ろに仰け反る。
仰け反った拍子で椅子ごと倒れそうになるのを何とか抑える。
クラスメイトもそこまで驚くとは思ってはおらず、焦った顔でこちらを見つめている。

「体調悪いんなら保健室行ってくれば?」
「あー……いや、ただの寝不足だしな」
「そっか? ならいいんだけどよ」

気をつけろよ、と忠告を残して彼は自分の席に戻っていく。
他人にまで心配されるほどオレはやばいのか。
気分転換、とまではいかないけれど冷たい飲み物でも買って少しリフレッシュするか。
財布を持って廊下に出る。昼休みも残り十五分であることを確認して、自販機に足早に向かう。
行って来いで五分。余裕だろう。
階段に一段足を踏み出したところで見覚えのある後姿――カントクを見とめる。
声をかけようと口を開いたことろで数時間前に見た夢を思い返す。
急に、声をかけることが躊躇われてしまった。
夢は夢だというのに。どうしても意識をしてしまう。

「日向君?」

そうこうしているうちに向こうの方がオレを視界に捉え声をかけてきた。
夢と同じように声をかけてくる彼女。
フラッシュバックする夢。
真っ直ぐ彼女の顔を見ることができなくて俯く。

「日向君? どうかしたの?」

先ほどのクラスメイトと同じように目と鼻の先に彼女の顔が突然現れて今度は小さな悲鳴と共に一歩二歩後ずさる。
その様子を首を傾げて見られてしまって尚更自分の好意が恥ずかしくなってしまう。

「どこか具合悪いの? 大丈夫?」

心配の言葉に何も言えなくなる。
それは彼女の顔に意識のすべてを持っていかれてしまったからだ。

「カントク……その顔」
「ん? ああ、これ? 友達がね、どうしても私の化粧をした顔が見たいって言うから、化粧をしてくれるなら見せてあげるって言ったのよ。そしたらこんな盛ってくれちゃって」

苦笑しながらも満更でもなさそうな声にますます夢が重なってしまう。
目の前には夢と同じような顔で微笑む彼女。
眩しくて、眩しすぎてオレではとてもじゃないけど見れない。

「あ、そういえばね! 今度親戚のお姉さんが結婚」
「結婚しないでくれカントク!!」

両肩を思い切り掴んで顔を上げると、そこには驚きを隠すこともしない彼女の顔。
次の瞬間には自分が何かまずいことを言ってしまったのだろうか、と困惑なものに変わる。
その顔を見て、オレは自分のしていることに気付く。
両手は痕が残ってしまわんとばかりに力強く肩を掴んでしまっている。
カントクが女の子であるということを全く無視した行為である。
慌てて手を放すと、痛そうに両手で肩を撫でる彼女。

「……ごめん!」
「突然肩を掴まれたからびっくりしたわよ。どうかしたの? 日向君。何かあったなら私に相談して」
「あ、いや、その……」

思わず言いよどんでしまう。
そりゃそうだ。夢と現実の区別もできないだなんて笑い話の一つにもならない。
オレが右へ左へ視線を彷徨わせているのを見て、彼女はため息をついて再び苦笑する。

「日向君。私はまだ結婚しないからね。結婚するのは私の親戚のお姉さんだから。さっきは何を慌ててたのか知らないけど、勘違いしているようならここで正すわよ」

咄嗟に結婚というキーワードだけを拾ってしまったが、よくよく聞けばそれは彼女自身とは何の関係もない話。
親戚のお姉さん……か。とんだ早とちりもいいところだ。
安堵のため息を漏らすと、漸く彼女も苦笑をやめいつも通りのハツラツとした笑顔に戻る。
化粧をしているせいか、いつもの何倍も可愛く、大人びて見える。

「オレ、今日変な夢を見てそれで何となくその状況が今のと重なって見えちゃって……乱暴に肩掴んで悪かった。ごめん」
「ふーん。ちなみにどんな夢だったの?」

興味津々とばかりに目を輝かせる目の前の彼女はとても楽しそうだった。

「カントクが……結婚する夢」
「私が? 誰と?」
「木吉」
「鉄平? ふーん、そっか」

なんだか妙に納得するような声で頷かれてしまって心のもやもやは増幅するばかりだ。

「まあ、でも結婚はまだまだ先の話だし。それに今はバスケ部の方が大切だからね。恋愛よりもバスケの方を優先したいかな」

誠凛高校バスケ部のカントクらしい言葉に、だよなあと心の中で頷く。
そうだよ、こうでなくちゃ。恋愛なんて二の次なんだよ。

「ところで日向君。肩、痕が残っちゃったら責任、とってよね?」

はにかむ笑顔でさらりと紡がれた言葉。
危うく聞き流しそうになって、二度見する。

「なーんてね、冗談。じゃあ、そろそろ昼休みも終わるし教室に戻ろっか」

リズムよく階段を下りていき先を行く彼女の後姿を、オレは暫くの間見つめることしかできなかった。

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