想いの丈を述べたなら


「好きです、付き合ってください」

丁寧なお辞儀と共に告げられた言葉。
目の前の女の子――たぶん下級生と思われるその子は顔を真っ赤にして思いの丈を述べたのだろう。下げられた頭からでもわかるくらい耳が真っ赤になっていた。
その丁寧な言葉とお辞儀でこの子の真剣さが嫌でも伝わってくる。



事の発端は今日の朝だった。朝練を終えて、部室に戻って、着替えを済ませて、予鈴のベルと共に滑りこむように着席する。そこまではいつも通りだった。
乱暴に鞄の中身を机に押し込んで、そこで漸く異変に気付く。筆箱が机に入りきらずはみ出してしまうのだ。
首を傾げながら一度筆箱を取り出して机の中を覗き込む。
そこには無理に筆箱を入れようとしてくしゃくしゃになってしまった手紙らしきものが詰まっていた。
右手を中に入れて無残な姿になってしまったそれを取り出す。宛名も差出人の名前もない。そこらで売られている普通の封筒だった。
オレに宛てた手紙かどうかもわからないから無闇に開けていいものか悩む。
悩んだ末に開けることを選択した。オレじゃない誰かに宛てたものだったらごめんなさい、と心の中で一言謝罪の言葉を述べ、封のしていない封筒を開ける。
中には便箋が一枚入っていた。かわいらしい便箋、だと思う。
薄い水色の紙面の右下には四葉のクローバーを加えた小鳥が描かれている。真ん中あたりに綺麗な字で“昼休みに体育館裏で待っています。”とたった一行書かれていただけだった。
便箋の方にも名前はなし。
でも、便箋の趣味と文面、字面から判断するにたぶん差出人は女の子だろうと思う。
相変わらずオレに宛てられたものかどうかはわからないけど、とりあえず行くべきなのだろうか。
だけど、手紙の出し方が引っかかる。
机に入れるというランダム性の高いやり方である。
たとえ目的の人物である机に入れたとしても見つけてもらえる確率なんてそうそう高いものではない。オレみたく乱雑に机に物を入れる人間ならば気付くかもしれないが、そもそも教科書類を机に入れっぱなしにしていたら教科書を引き出さない限り気付かないし、逆に何も入れない人間だっているだろう。そうなってしまっては気付くことは困難だ。
見つかればいいなとそんな曖昧な、ともすれば投げやりな思いで出されたものなのだろうか。
文面から察するに、そんなどうでもいい感なんて感じられない。
人を手紙で呼び出すのだからそれ相応のマナーやらなんやらを弁えていそうなものだが。
どこの誰かも分からない、未だ会ったことすらない手紙の差出人に、困惑するばかりだ。
まあ、いたずらだったのならその場で注意すればいいことだし、とりあえず行くだけ行ってみるか。



そうして今に至る。
いまどき、体育館裏に呼び出して告白だなんてあるわけないと思っていたし、実際に呼び出されてこうして告白されるまで、どうせいたずらだろう踏んでいた。
手紙の文面からこうなることくらい推測できてもよさそうだったのに。差出人が女の子であると分かった時点でこういう展開もあり得るのではないかと考えるべきだった。
思えばひどい話だ。
この子にしてみれば、それこそ一世一代の大勝負のつもりで呼び出したのかもしれないっていうのに。オレはそんな彼女の想いをいたずらの四文字で済まそうとしていたのだ。
自分の鈍さとあほらしさが今になって恨めしい。
こんな気持ちで、こんな中途半端な気持ちで告白を受けられたら、する方だって空しくなってしまうだろうに。
だけどあの手紙の出し方――机に入れるというランダム性と発見率の低さからいたずらであると思っても致し方のないようにも思う。
言い訳だと言われても仕方ないが、あんな、言葉を選ばなければ投げやり適当なやり方で出された呼び出しの手紙でまさか告白されるだなんて思いもしなかったのだ。
オレに好意を抱いてくれている女の子の存在なんて考えたことがなかったのだから。

「あの、日向先輩?」

彼女の声で我に返る。
思いの丈を述べてからオレが一言も喋らないものだから、目の前の女の子は不安の色を浮かべながら恐る恐る顔を上げたようだった。未だに顔は茹蛸のように真っ赤だ。

「あ、その……ごめん。ずっと黙ったまんまで」
「いえ、そんなことは……」

続きに何かを言おうとして、彼女は口を噤む。
きっと告白の返事を求めているだろうことはいくら鈍いオレでもわかる。
一秒が何分にも、何十分にも感じられるみたいな現象があると聞くが、今の彼女はまさにその状態なのだろう。
待たせてしまったところでオレの方の返事に変化があるわけではないのはわかっていることだが、如何せんこういう状況、こういう場に慣れていないせいでどうにも口が渇く。中学の頃、初めて試合に出してもらった時と同じような緊張感。
告白であると知ったその瞬間から断ることは決めていたが、どう言えば彼女の傷が浅くて済むのだろうか。
そんなことを考え始めた時だった。
沈黙は彼女の方から破られることとなる。

「日向先輩、別に好きな人がいるんですよね?」
「え……」

思わず目を丸くしてしまった。
まさか彼女の方からその話題を振られることになろうとは思いも寄らなかったからだ。
自ら傷を負おうというつもりなのだろうか。顔を真っ赤にして、それこそ自分の中にある勇気を総動員して想いを伝えたというのに?

「知ってます。……いえ、何となく、わかりました。お返事にも時間がかかっていましたし、それに――私の告白を複雑そうなお顔で聞いていましたから」

そう言って、彼女は今にも泣き出しそうな表情でオレの目を真っ直ぐに見つめてくる。
心のうちで考えるだけでなく、表情にまで出てしまっていたのか。
彼女の好意は素直に嬉しかったけれど、それと同時に断わらなければならない複雑な心境が。申し訳なさが。
だとしたらオレはとんでもなく最低最悪な人間ではないか。せめてポーカーフェイスを貫き通すべきだった。

「付き合ってください、とは言いましたが……私は告白できただけで、こうして日向先輩に私の気持ちを受け取ってもらえただけでもう満足しました。最初からこうなることは心のどこかで覚悟していました」
「…………」
「だから私のことを傷つけてしまった、とかそんなことは考えないでくださいね。思えば、私の自己満足であったのかもしれませんし。好きっていう気持ちが抑えきれなくなってしまっただけなのかもしれません。だからこうして想いを伝えたら満足してしまったのです。だから本当に、気にしないでください。私は今、とても嬉しいです」

涙が一筋零れた。
告白しただけで満足、だなんて言葉の上では何とでも言える。
だけど、心のうちはそうではない。その証拠の涙だった。

「告白してくれてありがとう。正直すっげぇ嬉しかった。オレってさ、あんま女の子に告白とかされたことなかったから正直どうしたらいいかわからなかったんだ」

そこで一回言葉を切って、悟られないように深呼吸を一回入れる。

「君の言うとおり、オレには好きな人がいて、でもまだその人に告白したいとかそういうことは考えてなかったんだ。オレも彼女もまだバスケに熱中してるし、それ以外のことなんて考えなくてもいいやって思ってたからさ」
「知っています。バスケにだけ向いてバスケにだけ熱中してる……そんな日向先輩のことを好きになったんですから」
「ありがとう。君の好意には応えられなくてごめん。オレは――あいつが好きだから。そして今はバスケに集中したいから、誰とも付き合う気はないんだ」
「わかりました。ちゃんとお返事していただきましてありがとうございます。これで漸く一歩踏み出せそうです」

そう言って再度丁寧なお辞儀をして、彼女は踵を返す。
緩やかな風が彼女の髪を揺らす。涙の筋がいくつも顔についていた。
これでよかったのだろうか。嘘偽りなく答えてしまったことに今更ながらの疑問が生じる。過去に戻ることはできないし、口に出してしまった言葉を撤回なんてできない。
だけど、せめて懺悔の気持ちではないけれど――

「今度、よければ試合見に来てくれないか!?」
「……はい」

小さい返事ではあったけれど、それでも彼女は笑って頷いてくれた。



(ありがとう、ありがとう)

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