真夏の迷子


真夏日と言うにふさわしい暑さだった。
蝉の大合唱と太陽からの日差しで殊更それを演出してるもんだから、今日はいつにもましてワイシャツに大きな汗染みを作ってしまっている。
これからまたあの灼熱地獄の体育館に行くのかと思うと、自然と歩みが遅くなってしまうのは仕方のないことだろう。
一応窓を開けて扉も全開にして練習はしているものの、入ってくる風は熱く、それに加えて部員の熱気が尚更館内を蒸し風呂状態にしてしまう。
冬場は冬場で寒いけど、夏場は夏場で暑すぎて救急車を呼ぶことが恒例行事となってしまった。……去年は何人倒れたんだっけか。
そんなことを考えている内に部室棟までたどり着いてしまった。たどり着いてしまったという表現はあまり適切ではないのかもしれないけれど。
ドアを開けると、まだそこには誰の姿もなくオレが一番乗りであることが窺えた。
ロッカーを開けて練習着に着替えて体育館へ向かう。
今日は一段と熱気に包まれそうで今から億劫になってしまう。
大きくため息を吐き出したところで体育館の入り口に小さな影があることに気付く。
誰かもう来てるのかと思ったけれど、その影は高校生にしては小さすぎて近くに行って初めてその影の正体に合点がいく。
それは、その影は――小さな女の子のものだったのだ。
オレの腰にも満たない身長、赤いスカートとかわいらしいリボンで髪を結ったその子は何かを探すように首を右へ左へ動かしながら眉を下げている。
今にも泣き出しそうな顔をしているものだから、声をかけるか否か一瞬迷ってしまった。
だけど、このままにもしておけない。なるべく女の子を怯えさせないように近づいて優しく声をかける。

「どうかしたのか?」
「ひっ……! あ、え、うん。えっとね、ままをさがしてるの」

いきなり声をかけられたことに驚いたのか、その子は小さく肩を震わせて振り返り、オレの姿を見とめると素直に自分の状況を話してくれた。
ママを探している?
……そういえば今日は学校説明会だったか。それならこの子がここでこうしているのも納得がいく。確か説明会は体育館で行うと今朝方担任が言っていた気がするし、そのあとは校舎内を見学するんだっけか?
その時に母親とはぐれて迷子になってしまったのだろう。
そして、見覚えのある体育館にまで来たはいいものの、そこに母親の姿はなく探していた――と。
知らない敷地内の中で体育館まで来れたこの子のスキルは大したものだが、問題はここからだ。
一体、オレはこの子をどうしたらいいのだろう。
母親が探しているかもしれないから、やたらと連れまわすのはよくないのかもしれない。
でもだからといってこのままにしておいても、そのうち部員とカントクが揃えば練習が始まってしまうからずっとこの子の面倒を見てはいられない。
それとも、職員室にこの子を預けてしまうか。
職員室なら放送機器もあるから母親を呼び出すことは可能だろうし、椅子もあるから座っていられる。それに手の空いてる先生がいるなら任せられるだろうし。

「よし、そうするか」
「何をどうするの、日向君」
「うおわぁ!?」

背後からの声に今度はオレが驚く番となった。
振り返れば首を傾げて腰に手を当てているカントクの姿。
あー、びっくりした。

「そんなに慌ててどうしたの? もしかして……巨乳のお姉さん関係かしら?」

一瞬にしてカントクの額に青筋が浮かび上がる。
やべえ、超怖ぇ。

「いやいや!? 違うって! 巨乳のお姉さんは関係ねえって! この子、この子!」

必死の弁解と共に背後にいる女の子を前へと導く。
女の子の姿を見て、青筋が浮かんでいた額がすっと戻る。
さすがに小さい子に対して青筋を立てたままではまずいと判断したのだろう。

「カントク、この子迷子なんだけど、どうしたらいいかな」
「迷子……? なんでまた……ああそうか。今日は学校説明会だっけ」

迷子という単語ひとつから学校説明会までの道筋を立てるとはさすがというところか。

「このままここにいても練習が始まったらこの子のこと気にかけてらんねえし、かといって探しに行くにしても当てがねえからどうしようもなくてさ。で、とりあえず職員室に連れて行こうと思うんだけど」
「……そうね。その方がいいわね。ここにいたらたとえステージに上がらせていたとしてもボールが当たって怪我をしちゃうかもしれないし、私もずっとは見てられないし」

顎に指を当てながら、カントクが女の子の目線に合わせるように膝を折る。

「こんにちは。私は相田リコっていうの。あなたのお名前は?」
「いく」
「いくちゃんか。かわいい名前だね。お母さんとはぐれちゃったんだって?」
「うん。だからね、さがしてたの。そしたらねおにいちゃんがねきてね」
「そっかー。じゃあ今からお姉ちゃんとお母さんを探してくれる人たちのところまで行こうか」
「うん。わかった」

首を縦に振って、女の子はじっとカントクを見つめている。
その視線が恥ずかしいのか、少し顔を上げて今度はカントクがオレの方を見つめてくる。
なんだこれ、どういう状況なんだ。

「日向君。私今から職員室にこの子を連れていくから少しの間任せるわね」
「おう……。一人で大丈夫か?」
「大丈夫よ。小さい子一人くらいちゃんと職員室に連れていけるわよ」
「よろしく頼むわ」
「はいはい」

ニコリと笑うカントク。任せても大丈夫そうだな。
それに、この子もオレと一緒に職員室に行くよりもカントクと一緒の方が気が楽だろうしな。異性の年上よりも同性の年上の方が何かといいだろうし。
そんなオレたちのやり取りをじっと聞いていた女の子が不意に言葉を漏らす。

「おにいちゃんとおねえちゃんはぱぱとままなの?」

その言葉の意味することが一瞬では理解できないオレと逆に一瞬で理解したカントク。
なんでカントクが一瞬で理解したのかを判断できたのかというと、女の子の言葉に頬を染めて、そっぽを向いたからだ。
この上なく分かりやすい反応。
だけどオレは何でカントクがそんな行動をとったのか、そして女の子の言葉にどんな意味があるのか、まったく理解できなくて首を傾げるばかり。
一体なんだってんだ?

「い、行こうか、いくちゃん」
「んー? うん」

自分の質問に対して納得できる回答を得られなかったからなのか、女の子は消化不十分といった顔でカントクと共に職員室へと向かう。
その後姿を見送って、未だ一人も来ていない体育館へと足を踏み入れる。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんはパパとママなの? ……ってどういう意味なんだ?」

疑問を解消する前にカントクが残した今日のメニュー表を見て、オレは膝をつくことになる。



(ちょ、このメニューはないだろ!?)

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