僕の土下座スキルを見るがいい


偶然、阿良々木くんが職員室で謝り倒しているところを見てしまった。
見てしまった、というのは少し違うか。正確にはまじまじと見つめてしまったというのが正しい。
英語の先生にプリントを持っていった時に、彼は物理の先生に――それこそ土下座するんじゃないかという勢いで頭を下げていた。
うわあ、と言ってしまいそうになるのを我慢して、彼に気付かれないようにそっと職員室を出る。
暫く先生と彼の問答があって、静かになったかと思ったら力なく扉が引かれる。

「失礼しました」

今にも消えてしまいそうな声で呟かれたそれはたぶん室内に届かなかっただろう。
精根尽きた顔でその場に倒れこみそうになる彼にそっと声をかける。

「阿良々木くん」
「ああ、羽川……羽川!?」

俯きかけていた顔が一気に上がって目がひん剥かれる。
え……私、何かした? 声をかけちゃまずかったのかな?

「あ、あの……阿良々木くん? 大丈夫、かな?」
「大丈夫!? いったい何を心配しているんだ羽川!! 僕はいついかなる時でもお前の前で心配をかけるようなことをしたか?」

なんだろう、この自信に満ちた顔。
今の今までそれこそ瀕死の重傷を負わされた兵士みたいな顔をしていたのに。
この変わり身の早さをどう表現したらいいのだろうか。
返答に困っている私を見て、さすがの阿良々木くんも反応に悩んでいるようだった。
このまま沈黙を保ち続けるのはなかなかに困難だから、とりあえず目先の疑問を呈してみる。

「阿良々木くん、物理の単位落としたの?」
「物理の単位を落とした? いったい何の話をしているんだ羽川。僕は今の今まで物理の先生と熱く語り合っていたんだぜ」
「そうは見えなかったけど。ひたすら土下座する勢いで謝り倒しているように見えたけど」
「それは僕が使った幻影術だ」
「阿良々木くんは魔法使いだったの?」
「三十路は過ぎてないぜ」
「何のこと?」
「いや、こっちの話だ」

よく意味の分からないことを言われて首を傾げる私を、彼は両手を振って何でもないと諭す。
何だろう、とてもセクハラを受けた気分だ。

「は、羽川! あのさ、これから時間あるか!?」

慌てたその声にほんの少し疑問を抱いたけれど、私は勉強するよとだけ答える。
その返答を待っていたかのように、彼はほんの少し笑って、

「じゃあさ、これからミスドに行かないか?」

と右手を差し出して私に問いかける。
何故ミスドなのだろうと考えて、そうか忍ちゃんが行きたいのかという結論に至る。
本当、阿良々木くんは彼女に甘いものを食べさせ過ぎだ。
怪異だから虫歯にならないのだろうか? 今度そこら辺をじっくりお話ししてみたいものだけど。

「ミスドに行って勉強するならいいよ」
「勉強かよ!?」
「阿良々木くんは戦場ヶ原さんと同じ大学に行きたいんでしょう? 今の成績じゃ絶対行けないよ」
「核心をついてくれるな羽川」

膝から崩れ落ちる彼はみっともなくて見てられなかったけれど。
それでも今日だけは戦場ヶ原さんにごめんなさいを言って、彼とミスドデートに行かせてほしい。
勉強とかこつけてデートをするなんて私らしくないのかもしれないけれど、一日くらいいいよね?
一日くらい、普通の女の子らしく好きな人と一緒にミスドに行っても――いいよね?

「ほら、阿良々木くん。行こう」

手を差し伸べて彼を待つ。
嬉しくて、少しの罪悪感を抱きつつ。
私と彼は、昇降口への道筋を歩き出した。



(阿良々木くん、あなた私の羽川さんとミスドに行ったらしいわね。許さないわよ、この私を差し置いて羽川さんとデートなんて)

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