君に名前を呼ばれたから


「…ぎ、くん」
「なに、霧切さん」

無意識だった。
殆ど原型を留めていない、というよりも名字の最後の一文字しか言っていないというのに、彼は自分のことだと意識して声をかけてくれた。

「どうかしたの?」

ニコリといつもの笑み。
その笑みが眩しく見えてしまって、ほんの少し眉根を寄せる。そんな僅かな変化にも彼は気付いてくれて、

「どこか具合悪いの?」

なんてことまで言ってくれる。
ああ、本当あなたは細かいところまで見てくれている。
そういうところが嬉しくもあり、たまに憎くなる。
そこまで気付いてくれなくてもいいのに、という所まで気付いてくれる。気付いてしまう。
だから、彼に隠し事なんてできない。

「どこも具合が悪いわけでもないし、何も用なんてないわ」
「そう?」
「ええ。何も、ないわ」
「そっ、か…」

あからさまな落胆。
見ている側としては少々心が痛む。
そんなわかりやすく落ち込まれると、こちらも困ってしまう。
ごめんなさい、あなたにそんな顔をさせてしまって。
でも、本当になんでもないのよ。
ただ、無意識に口をついてあなたの名前を呼んでしまっただけなのだから。

「苗木くんは…私に何か問題を抱えていて欲しいのかしら?」
「あ、いや…そういうわけじゃなくて…ただ、何となく悩んでそうな顔をしてたし、それに…」
「それに?」
「名前、呼んでくれたから」

小さな子がはにかんだような、そんな笑み。
ドキリ、と胸が高鳴る。

「誰でもない、僕の名前を呼んでくれたから」

殆ど名前なんて呼んでいないに等しいのに。
自分の名前を呼んでくれたからというそれだけの理由で、何の得にもならない人助けをしようとしている彼が、たまらなく愛おしく感じた。
ああ、本当に…

「無意識にね、苗木くんのことを呼んでしまったの」
「…え?」
「何故かしらね?」
「え、ええっと…」


今度は顔を赤くして、頬を掻いている。
ふふ、と小さく笑って冗談よと付け足す。
その言葉に安堵の表情を浮かべながらも、どこか残念そうな表情を浮かべたその顔が、忘れられなかった。



(無意識に、か…)

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