星は嘆く。月を、想って。(紅葉さんより)


ギルドの活動を始めて、早2年が経とうとしていた。時が経つのは早かった。
ジュディスはカツカツ、とブーツのヒール部分の音を立てて帝都まで向かう。相変わらずのその建物にジュディスは何事もないような顔でその門をくぐった。
今日はエステルからの直々の仕事の依頼だった。正直自分達のような小さなギルドに依頼しなくても良かったのではないのだろうかと頭を巡らせる。
依頼内容はユーリが今はダングレストで仕事をしており、手が離せないからハルルまでの護衛をお願いしたいという依頼だった。エステル一人の話であれば彼女は一人でもハルルに行くだろう。
しかし今回はそんな話ではないらしい。エステルの他に4,5人程の評議会の重鎮がお供するというもの。それで直々に依頼すると言うことで自分達のギルドにも声がかかったと言うわけだ。

「私でいいのかしら?一人でそれだけの人数を守るのは骨が折れるのだけど…」
「あっ、その点は心配しなくても平気ですよ!…フレン!」

その名前を呼ばれ、返事をした金髪の彼にジュディスは頬を緩ませる。仲間内でしか知らないが、先程エステルに呼ばれたフレンとジュディスは恋仲であったりする。
しかしお互いに騎士団の仕事やギルドの仕事が重なってなかなか会えなかったりするのだ。
お互いに視線が絡み、ふっと微笑んだ。

「今回は二人で護衛をしてもらおうと思うのですが…大丈夫です?」
「私の方は大丈夫だけども…フレンはいかがしら?」

ちらりとジュディスがフレンの方へ視線をやってみる。すると不敵そうに笑う彼の笑みが返ってきた。

「もちろんですよ、エステリーゼ様のお心のままに」

そういって膝をつく姿はまるで、姫に従う騎士のように絵になった。ジュディスはその光景にちくりと胸が痛む。
エステルに対して嫉妬をする位に自分はフレンに執心するようになってしまったのか、と思うジュディスだった。

その後、少しほど打ち合わせをした後に解散となった。明日に備えて下さいとエステルに言われて用意された部屋は自分には少し不釣り合いな気もした。
そのベットに寝転がり、ぼんやりとしてみる。

「ここのベットの肌触りは最高ね…」

すると次第に睡魔がうとうとと襲ってくる。
ジュディスはそのまま意識を手放したのだった。

……夢を見た。幼き頃の自分。父親にバースデーケーキを用意してもらい、はしゃいで喜んで。

……ありがとう!お父様!

懐かしきあの日々。戻ることのないあの日々。それでも十分に父親に愛されていた。あのような人でも自分は…。
そこで夢は途切れた。目を開けるとそこにはフレンがいて。豪華な料理をいろんな所から運んできているようだった。

「…女性の部屋に勝手に入るなんて失礼なんじゃないかしら?」

ジュディスはなに食わぬ顔でワイングラスを一組と赤ワイン、バースデーケーキを用意していた。

「すまない、ノックはしたんだけど君の返事が返ってこなかったから、つい…」


フレンの申し訳なさそうな声にジュディスはにっこりと笑うことで応え、机に用意された豪華なディナーに思わず目がいった。

「…今日は何かのお祝い事なのかしら?」

ジュディスの問いかけにフレンは酷く驚いた顔をした。まるでその顔は驚愕に満ちている。

「お祝い事って…君の誕生日に決まってるじゃないか!」
「そういえば…そうだったかしら?」

フレンに指摘されて、だからあんな昔の頃の誕生日の夢を見たのだと妙に納得がいった。食事の準備が出来たのか、フレンはベットに寝転がったままのジュディスに手を差し伸べる。

「さぁ、お手をどうぞ」
「ふふ。こうされるとお姫様みたいね」

そう呟いて頬を緩ませると彼の手がすっと自分の頬に添えられる。片方の手を取って、片方の手はその添えられた頬の手に重ねた。

「もちろんだよ。ジュディス、君は僕のお姫様なんだから」
「あら、今日は凄く大胆な台詞ばかりくれるのね」

ジュディスはベットから降り、食事の席についた。その去り際に額に口づけが落とされ、思わず目を丸くする。

「……フレン?」
「誕生日おめでとう、ジュディス。君が生まれてきた事を感謝するよ」

今度は左手の薬指に口づけが落とされる。そこにすっとシンプルなサファイアの指輪が通される。その指輪は自分の指の上で蒼く輝いた。

「……これ、は……?」
「僕と、結婚してくれますか?」

それは唐突だった。こんなサプライズをされるとは自分自身考えてもいなかったからか、いつもの余裕の笑みをすることが出来なかった。思わずその場で硬直して、フレンから落とされる口づけを自然と受け入れる形になる。

「フレン…ありがとう、素晴らしい誕生日だわ。…そして、この指輪も。水の加護のあるサファイアなのでしょう?」
「さすがジュディスだね、そうだよ。この指輪が君を守ってくれますようにというおまじないがかけてあるんだ」

そっともう一度その指輪に口づけが落とされる。その顔は思いの外赤いようにも見えた。ジュディスはクスリと微笑みフレンを包み込む。

「顔、真っ赤よ?」
「っ…!し、仕方がないじゃないか!プロポーズなんて初めてしたから…」

やっぱりもう少しロマンティックな所で渡すべきだった等とぶつぶつ呟き始めたフレンに対して笑いが込み上げてくる。

「ふふふ、貴方可愛いのね。」
「か、からかわないでくれ!……それで、返事はどうなんだい?」

途端に腰に腕を回される。がっちりと固定されて至近距離に彼の顔が映し出された。返事など、とうの前から決まっている。自分が共に歩み出すと決めた人間は彼が初めてだから。

「……共に生きるわ。貴方とね」
「ジュディス…!」

ありがとう、ありがとうと譫言を繰り返しながら抱き締める力を強くする。少し窮屈にも感じたが、悪くない。彼と感じるぬくもりなら、どんな形でも構わない。そう思えた。
こんな風に自分の誕生日を祝ってくれたのは父親だけだった。いつだって、自分の料理を美味しいと言葉を溢して残さず食べてくれた人。

「(これからは、この人が)」

父へと捧げた愛とは違う形の愛を捧げると今誓った目の前の人。何処までも真っ直ぐで意志を曲げない、尚且つ人望も厚くて誠意のある彼にこの愛を捧げよう。自分も彼もその先にある幸せな未来を掴み取るために。

「愛してるわ、フレン」
「…僕も愛してるよ、ジュディス」

お互いに愛の言葉を囁きあって。こうしてジュディスは月光に照らされた最高の誕生日を迎えるのだった。







星は嘆く。月を、想って。
そして二人が惹かれあう。

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