恋から始まる幻想(紅葉さんより)


「っしょっと……」
「ユーリ、それ重たくないです?私も半分持ちますよ?」

心配そうに覗き込み、少し睫毛を伏せるエステルにユーリは安心させるかのように荷物を片手に持ってポンと頭を撫でた。

「俺だって男なんだからこれくらい気にすんな。ほら、まだ買わないといけないモンあるんだろ?」
「あ、はいっ!えーとですね、次は…」

エステルは道具屋を指差して、ゆっくりとした歩幅で歩く。今日はユーリとエステルが買い物当番である。ジュディスから買い物メモを貰ったエステルがお店を周りつつ、ユーリが荷物係と言った所だった。
仲間達の武器等もあるからか、片手で持つには少し力がいる量で、重くのし掛かるその荷物にユーリは苦笑した。

「(あのお姫様の前で弱音なんか吐きたくないしな…)」

ピンクの切り揃えられた髪の毛に思わず目がいった。きっと半分持ってくれと懇願すれば、彼女は首を縦に振り快く自分の荷物を持ってくれるだろう。彼女もまた、優しい人間だから。
だが、自分の心にあるプライドがその一言を阻んだ。少しは男らしい所を見せたい、何故かあのお姫様の前ではそう考えてしまう。買い物当番がエステル以外の人であればもしかしなくても違う態度を取っていたに違いない。
そんな思考を巡らせている内にエステルは目の前にある道具屋でアイテムを購入していた。

「えーと、アップルグミにオレンジグミ、それとライフボトル……」

エステルは買い物メモに書かれているアイテムを指定された数量だけ購入した。そして髪を翻してユーリの方を見返す。

「あ……。ユーリ、やはり…」

エステルはユーリの荷物を強引に自分の手元に寄せる。持っていた荷物が少しばかり軽くなった。けども、やはり彼女に持たせるには…。そう思ったユーリはエステルの荷物を取り返す。

「ユーリっ!私も持てますから!だから半分貸してください!」
「俺は持てるから気にすんなよ。な?」

ほんの少しの強がり、それすらも見抜かれていたりするのだろうか。ユーリはちらりとエステルの表情を盗み見る。その表情は納得いかないとばかりに眉間に皺を寄せていた。
すると、先程購入したアイテムだけをエステルはユーリの持っている荷物から取り上げる。そして意気揚々にこう告げた。

「なら、さっき買ったアイテムだけは私が持ちますっ!これなら軽いですし、文句ないですよね?」

どうだ、と得意気に胸を張る彼女にユーリは頬が自然と緩んだ。と言うより、笑いが堪えきれなくなり大声で笑ってしまった。
腹を抱えて笑うその姿を通りすがりの人々は変なものでも見たかのようにチラチラとこちらに視線を送ってくる。そんな視線すら気にならない位にユーリは笑っていた。

「はははっ!エステルには敵わねぇわ。」
「むー…。そんなに面白いです?」

怪訝そうに見つめるその瞳すら愛しく感じる。本当に、エステルと居ると飽きない。こんな日常がずっと続けばいいのにと心のどこかで望んでいる自分がいた。けども、この旅は永遠ではない。

……この旅の終わり、エステルとの別れ。

それを何処かで考えないように、逃げている自分がいる。滑稽でバカらしいとあの天才魔導士に笑われそうな悩みであるが故に誰にも話せずにいるこの悩み。
そもそも自分の仲間内の立場としてこんな小さな些細な悩みを相談するわけにもいかないと言うのが本音だったりもするのだが。
その悩みを払拭するかのようにユーリはエステルに不敵な笑みを浮かべる。

「ほら、これで全部だろ?早く宿に帰ろうぜ。」
「あ、はいっ!」

エステルはユーリの見せた寂しそうなその瞳を見逃さなかった。彼の見せるたまに見せるあの憂いるように遠くを見据えているあの表情を見ると、彼の考えが見えてこなくなる。

……今、ユーリは何処を見ているのだろう。

そんな疑問が心を一時の間だけ支配する。どうしても締め付けられるこの胸。何故なら、仲間には絶対抱かない淡い想いを自分は…。
淡い想いの正体、名前は知ってるけども自覚はしまいと決めていた。自覚しては、きっとこの旅を終わらせた後に歯止めが利かなくなりそうだから。
気を抜くとポロリと零れそうな位にユーリへの想いは溢れていた事に気づいたエステルは唇を噛む。そうする事でこの想いを塞き止めていたのだった。


***


結局帰り道はお互いに視線を合わせることもなく、会話をすることもなく帰路に着いた。仲間達に喧嘩でもしたのかと心配されたけども、お互いにそんな事はないと否定されて、その一言に返す言葉が無くなったからかそれ以上聞いてこようともしなかった。

「どうも、最近ぎこちなかったりするわよねー…あの二人。」
「そうね、今日の買い物から帰ってきてからと言うもの様子がおかしいわ……」

リタとジュディスは微妙な距離を取っているユーリとエステルに視線を落とす。ユーリは剣の手入れ、エステルは普段から持ち歩いてる愛読書に集中していた。
ユーリはその空気に耐えきれなくなってその場から立ち上がる。

「俺、ちょっと外の空気を吸ってくるわ。」

ユーリはくるりと背を向けて宿屋のドアを閉めた。エステルは慌ててその場から立ち上がりリタとジュディスの方を向く。

「えと、わ、私も外の空気吸ってきますね!」

バタバタとエステルはユーリの後を追いかける。そのエステルの行動にジュディスとリタは安堵の息を溢す。本当ならエステルが行動してなければ自分達が後を追いかけて、叱咤激励でもしてやろうと思っていたがその必要は無さそうだ。

「上手くやんなさいよ、エステル……」

リタの嘆きはジュディスにしか聞こえていなかった。


***


外は満天の星空が広がっていた。少し手を伸ばせば星に届きそうな。そう思わせる程にまで輝く星空をユーリはぼんやりとそんな星空を見上げていた。

「ったく…こんなに感傷に浸る奴だったか、俺……」

そんな呟きさえその空に吸い込まれていく。すると、息を切らしてこちらに向かってくるピンクの髪にユーリは心の中で舌打ちをした。
最も会いたくて会いたくなかった、そんな表現が正しいのかもしれない。

「はぁ…はぁ…やっと見つけました!」
「エステル…どうした?そんな息を切らしてよ…」

ピンクの少女は「隣いいです?」と聞いてきてユーリの横に座った。そして単刀直入に気になっていることを聞いてみた。

「最近のユーリ、何処か遠い瞳をするようになりましたよね?……どうしてです?」
「……はは…お姫様は鋭いんだな…」
「からかわないで下さいっ!私は真剣なんです!」

エステルの真剣な瞳にこれ以上の誤魔化しは通用しないか、と妙に冷静な判断をする。やはり彼女には見透かされてしまうらしい。
ユーリはふと彼女の手を握りしめたくなった。手の温もりがあれば正直な気持ちを話せるような気がしてくるから。
けども、それと同時に溢れて止まないこの気持ちを抑える事も難しくなるのだろう。只でさえ今の状態でも心のダムが決壊しそうで堪えていると言うのに。
ユーリは指先と指先が触れそうになるまで距離を縮めてみるも、触れるところまでしなかった。

「……ユーリ?」
「アンタなら…聞いてくれるか?俺の独り言を。」

不安と期待の入り交じったユーリの瞳にエステルはクスリと笑い、こくりと頷いた。

「もちろんですっ!普段からユーリに助けられている分今度は私がユーリの助けになる番です!いつでも相談に乗りますよ?」
「……サンキュ、エステル。」

ユーリはぽつり、ぽつりと本音をエステルに溢していく。エステルもまた、それに真摯に耳を傾けた。それでも指先が触れ合うことも距離が縮まる事もない。
それでも二人の心の距離は確実に縮まった瞬間だった。

二人は夜が更けていき、時間が許す限り語り合う。そんなある日の夜だった。







恋から始まる幻想
せめてお互いの心の距離だけは

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