“また明日”


「ねえねえ、ここにお願い!」
「わかったー。じゃあ、あたしのにも書いてー」

いつにもましてざわつく教室。あちこちで卒業アルバム片手に笑いあったり泣きあったりしている姿が見受けられる。
3月中旬。桜の花が漸く蕾を付けだした今日は、帝光中学校の卒業式だ。
中学生活をずっとバスケに捧げてきて、たぶん高校に入ってもそれは変わらない。これからもバスケに青春を捧げるつもり。だから、私にとって今日は中学での日々を終えるだけの区切りであり、特別しんみりすることもない。私とバスケとの関係はまだ続いていく。
クラスメイトとも適当に別れのあいさつを済ませて、廊下に出て一息。
小学校と違って、中学校の卒業式はみんな進路がバラバラだ。だからなのだとは思ってはいても、どうしても煩わしさは拭えない。普段話さないような子たちまで今日は積極的にアルバムを持って走り回っている。名前は知っていても話した記憶なんてないような子たちが署名活動でもするかのようにいろんな人間に話しかけているのを見ると、なんだかとても不思議な気分だった。卒業式というイベントがこんなにも人を積極的にさせるなんて思いもしなかった。

「疲れたなぁ…」

大きくため息をこぼして、伏せていた顔を上げると見覚えのある水色の髪の色が廊下の角を曲がっているのが見えた。
あ、と思った瞬間には駆けだしていた。

「テツ君……!!」

階段の一歩手前で大声を張り上げた。
相手が驚いて振り返ってくる。

「…桃井さん、驚きました」
「あ、はは、ごめんね」

さて、問題はここから。別に何かを言いたくて追いかけたわけではない。ただ、反射的に足が動いていたというのが正しい。
追いついたはいいが、ここから先ノープラン。何か言うべきことはあるはずなのにそれが思い浮かばない。あ、えっとなんて明らかに戸惑いの声をあげてしまって、言葉が出てこない。ぐるぐる考えているうちにテツ君のほうから声をかけてくれた。

「今日で中学生活も終わりですね」
「そう…だね。テツ君はどこの高校に行くんだっけ?」
「誠凛高校です。桃井さんは桐皇学園ですよね」
「うん。青峰君と一緒の高校だよ」

会話が終わってしまう。
何か、何かと探しているうちにも時間は刻一刻と過ぎていってしまう。

「じゃあ、僕はこれで」

いつもの薄い笑みを浮かべて右手を控えめに振ってくれる彼。

「あ、うん!またあ――」

また明日ね、と言おうとして気付く。
そうだ、今日で中学生活は終わりだったんだ。
“また明日”なんて、ない。今までは何の苦労もなく、明日になれば会えたのに。
もう…会えないんだ――。

「桃井さん!」

名前を呼ばれて顔を上げる。

「僕誠凛高校でバスケ部に入ろうと思ってるんです」
「え…?」
「そしたら、またどこかで会えるかもしれません。だから、そんなに悲しい顔しないでください」
「テツ…君」
「また明日、ですよ。桃井さん」

そう言ってにっこり笑うと、テツ君は軽い足取りで階段を降りて行った。今度はそのあとを追わない。
彼の最後に言った“また明日”が嬉しくて、しばらくの間私はその言葉を噛みしめた。





(“また、明日ね”……テツ君)

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