卒業式まで、秘密


「ごめんね、日向君」

一体何に対して謝られているのだろう。唐突に頭を下げられた此方としては理由を聞きたいところなのに、彼女は下げた頭を上げようとしない。

「なんだよ、カントク」
「ごめんね、本当にごめん、ね…」

嗚咽と共に吐き出された謝罪に思わず目を見開く。何故目の前の彼女は涙を流しているのだろう。
もしかして知らず知らずのうちに傷つけてしまっていたのか?だとしたら、謝るべきはこっちだ。彼女が泣く必要なんてない。
ましてや謝罪の言葉を口にする必要なんてない。
そう、口にしようと息を吸い込んだところで、今まで伏せられていた彼女の顔が上がる。
彼女の目は赤く腫れていて、ああそんなになるまで泣いていたんだとわかるほど。

「日向君」
「はい!?」

声が裏返ってしまい、動揺していたことを隠しきれなかった。

「今まで、ありがとう」

謝罪の次は感謝。ますます意味が分からない。なあ、一体何なんだよ。どうしちゃったんだ?

「伊月君から、聞いたわ。その、私に…ずっと好意を持っていてくれたって…」

あのバカ言いやがったのか!後でシバく!!

「今まで、ずっとバスケ部のカントクで、何よりもバスケとチームを大事にしてきたから、その…そういうのよくわからなくて…」

ああ、合点がいった。
謝罪はオレの気持ちに気付けなかったから。
感謝は好意を持っていてくれたから。
別に、そんなのいいのに。
この気持ちだって、ずっと伝えようなんて思ってなかったし、そもそもバスケよりも恋愛を上に持っていくようならとっくに言ってる。
今まで言わなかったのは何よりもバスケを大事にしていたから。やっぱ、卒業まで隠しとけばよかった。
伊月にうっかり話さなければこうして彼女が泣くことはなかったのだろう。
オレの恋心は拾われず、捨てられてしまえばよかったのに。

「カン……リコ」

久しぶりに呼んだ彼女の名前があまりにも新鮮で、呼んだオレも呼ばれた彼女も笑みをこぼす。

「名前で呼ばれるの、久しぶりね」
「そうだな」
「でも、やっぱり私はカントクって呼ばれる方が嬉しいわ」
「オレもそっちの方が落ち着く」
「日向君、あのね…」

涙を拭い、彼女はオレの目をしっかりと見つめる。

「私、卒業するまではバスケ部のカントクでいたいの。だから…、」

ここで深呼吸を一回。

「だから、今は日向君の気持ちには応えられない」

きっぱりと、そう言い切った彼女の表情に迷いはなかった。そう言うと思ったよ。
元より恋人同士になんてなりたいと思ってたわけじゃない。

「おう、そうでなくちゃカントクじゃねえよ」

ほんの少しの強がりで言葉を紡ぐ。我ながら女々しいのは分かってる。もしかして、なんて思ってたわけじゃない。でも、こうも真っ直ぐに言われると少々刺さるものはある。

「日向君?」
「なんだよ」
「今から約束してくれる?」
「何を?」
「卒業式が終わったら、体育館裏に来てちょうだい」

体育館裏ってまさか…

「まさか、カントク…オレを締め上げようってのか」
「なんでそうなるのよ!!」

ガツンと一撃喰らう。地味に痛ぇ。

「いやだって、体育館裏に呼びだしって締め上げるときの常套手段じゃねえか」
「私はヤンキーじゃないわよ!もう」
「じゃあ、なんなんだよ」
「それは…来てからのお楽しみよ」

なんだそりゃ。今教えてくれたっていいじゃねえか。

「言ったからね、ちゃんと約束は守ってよ?」
「お、おう…」

不安しか残ってないけど、今の段階ではそれしか言えなかった。
じゃあね、と踵を返して立ち去っていったカントクの後ろ姿を見送ってからオレも家路につくことにした。
どことなく、その後ろ姿が楽しそうに見えたのはきっと気のせいだろう。


(もう少しだけ、待っててね)

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