うまくなんてならないで


「大ちゃん!」

意気揚々と両手に抱えたチョコ(と、さつきは思ってるもの)をオレに差し出すあいつの顔は満面の笑み。
“テツ君に手作りチョコをあげたいから大ちゃん味見して”
二週間前にそう言われて以来、あいつの作るチョコ(なんて言えたもんじゃない黒い塊)を毒味し続けている。
最初の方はとても食えたもんじゃなかったが、最近は漸くコツを覚えたのか少しまともな味に近づきつつあった。チョコ一つ作るのにコツも何もないだろうが、なんて言いたいところをぐっと我慢するあたりオレも大人になったもんだ。

「今度のは自信作!食べて食べて!」
「お前この間もそう言ってただろ」
「今度こそ大丈夫!この間みたいに鍋に火はかけてないよ!ちゃんと湯煎っていうのやったよ」
「よく考えたらわかるだろうがよ、チョコを鍋に入れて火にかけたら焦げるだろうが。調理実習とかでやってねえのかよ」
「やってないよ、そんな高等技術」

チョコを湯煎するのが高等技術なんて言ってる間はこいつに料理のセンスは降りてこねえな。
いい加減しびれを切らしたのか、チョコを持つさつきの手が顔の前にまで迫ってきていた。どんだけ食わせてえんだよ。
小さなアルミのカップに入ったそれを一つ摘んで口の中に放り込む。何となくジャリジャリという擬音が聞こえたような気もしたが気のせいだろ。
やっとチョコらしい甘い味にたどり着いた感じだった。二週間前のものとは段違いに成長していて、これならぎりぎりチョコと言えなくもない。ただやっぱりめちゃくちゃうまいかと訊かれれば首を傾げるしかない。

「どう…?おいしい?」
「微妙」
「なにそれ!?」
「まずいとは言わないがうまいとも言わない」
「それってどっちなの!?」
「だから言ったろ、微妙だって」
「うーん、そっか」

さつきは少し落胆の色を見せて自分の作ったチョコに視線を落とす。でも、たぶんこれくらいのチョコならテツなら受け取ってくれそうなもんだけどな。

「また作り直しかー」
「もういいじゃねえか、それで」
「大ちゃんにならこれでいいかもしれないけど、テツ君にはだめなの」
「おい、なんでオレはよくてテツはだめなんだよ」
「だって、バレンタインだよ!?」
「テツなんて何でももらえば喜ぶだろ」
「そうかもしれないけど、でもやっぱりおいしいものをあげたいじゃない」「オレはまずいもんでもいいのかよ」
「大ちゃんはずっと私が作ったの食べてるからいいじゃない」
「よかねえよ」

なんだよその言い分。
食べてるっていうか、最初の方なんて食いもんですらなかったじゃねえか。

「とにかく、おいしいものができるまで大ちゃんには付き合ってもらうからね!」
「めんどくせ」
「もう!」

本心を言ってしまえば、このままうまくならないでほしい。下手のままでいい。
そうしたら、毒味という名目でお前からずっとチョコをもらえるのに。



(気付かない、恋心)
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ついったのネタより。
書いてるうちにどんどん変わっていった。

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