ジャージ傘
そういえば、夜から雨が降るって朝の天気予報のお姉さんが言っていたのを今更になって思い出す。
準備に忙しくて全然意識していなかったけれど、なるほど。お姉さんの言うとおり傘を持ってくるべきだった。
体育館を出ようとしたところでスコールに行く手を阻まれる。
生憎と折りたたみ傘の用意はないし、体育館に傘なんてものがあるはずもない。
部室棟に行けば誰かの忘れものに出会えるかもしれないけれどそこまで行くのにずぶ濡れになるのは目に見えている。
どうしたものか。悩みに悩んで、時間だけが無情にも過ぎ去っていく。一時的な雨ならばこのまま待っていればそのうちやむのかもしれない。そんなことを考え始めた時だった。
「カントク、入りますか?」
背後からの声に振り返ると、そこには汗だくの火神君、と黒子君。
今の今まで練習していたのだから汗だくは当たり前だけど、今なんて?
「入りますかって……何に?」
「これです」
黒子君が手に持っているのはジャージ。傘ではなく、ジャージ。
「全員体育館に傘持ってきてないから僕たちが先に行って取ってこいと言われたので」
「主将命令っす」
「そっか」
「カントク、狭いですけどどうぞ。あと火神君がジャージ傘係なのでたぶん濡れると思うのでこれを」
そう言って黒子君は自分の持っていたジャージを私に手渡してくる。
火神君が頭上でジャージを傘代わりにしたところで結局のところ雨をガードできるのは頭だけで、制服はびしょ濡れになることは免れないのか。こういう小さなところで黒子君は優しい。
火神君とは大違いだわ。
「ありがとう、二人とも」
「いえ」
「それじゃ、行くぜ!です」
勢いよく一歩を踏み出した途端、空から晴れ間がのぞく。
火神君の意気込みもむなしく、今までのスコールなんてなかったかのように燦々と輝く太陽が姿を現した。
私を含め、三人とも苦笑い。
特に火神君の顔といったらちょっとした顔芸にもなりそうだった。
「ぶふ…!!」
「黒子てめえ!」
「ふふ、火神君、顔、顔!」
「カントクまで!冗談じゃねえぜ!です」
いつの間にかどんよりと空を埋め尽くしていた雲は、笑い飛ばされてしまっていた。
(雨なんてどこかへいってしまえ)