午前零時十五分


ベッド脇の棚に置いてある時計の針を窺えば、もうすぐ日付変更線を越えようかというところ。明日は午後からの練習というのと、自分の誕生日になる瞬間を見てみたいという私的理由があって、でも睡魔が襲ってきたらすぐさま寝れるようにと万全の備えの意味でベッドに横になる。よし、これならばいつでも寝れる!
枕に顔を埋ませたタイミングでメール着信を知らせる電子音が鳴り響く。油断していたところに耳元での不意打ち。驚きのあまり飛び起きてしまった。
聞きなれた音だというのに、予期せぬタイミングと超至近距離ということでちょっとしたパニックを起こしかける。び、びっくりした……!
ベッドに正座をして、気持ちを落ち着ける為に何度か深呼吸を繰り返す。漸く心が平静を取り戻したところで携帯電話を取り上げてフリップを開く。
新着メール四件。普段では絶対に拝めないような数字。
日向、影山君、月島君、山口君からのもので、順々にキーを操作して開いていく。
“谷地さん!! 誕生日おめでとう!!”
“誕生日おめでとうっす”
“誕生日おめでとうございマス。これからもよろしく”
“遅くにごめんね。少し早いけどお誕生日おめでとう! これからもよろしくね!”
たった一行、二行の短い文面にそれぞれ個性が出ていて、面白いなぁと思いつつ一人ひとりに返信をしていく。カシカシカシとキーを押し込む音と秒針とがリズムを刻み、全員に返信を終えたのは日付変更一分前だった。

「ふぅ……」

まるで一仕事終えたかのようなため息とともにフリップを閉じる。パチリ、という小気味のいい音。これはスマートフォンやストレートタイプの携帯電話では味わえない感覚だなぁ。
枕元に携帯を置いて、再度時計に目をやる。あと五秒、四、三、二、一……。
短針と長針が頂上でピタリと合わさる。日付は変わって、九月四日。ハッピーバースデー、私!
一人密かに迎える誕生日。だけど皆からお祝いしてもらって寂しくはないし、ありがたさと嬉しさで胸がいっぱい。むしろこんなに祝ってもらって幸せ過多で今日が私の命日になるのかもしれない。

「…………」

自分の誕生日を無事迎えられたことだし、明日に備えてそろそろ寝なくては。足を崩してそのままベッドに倒れ込む。と、またしても不意打ちの電子音。しかも今度は電話着信。だ、誰……!?
慌てて起き上がってフリップを開ければ、そこには未登録の番号が映し出されていた。
……見覚えがあるような、ないような。もしや架空請求や詐欺の電話!? でもそれならこんな時間にはかけてこないはず……? いやでもそこは奇をてらって、まさかというのもあるし……。そんなことをぐるぐると考えている間に着信は切れてそれを知らせる通知が待受画面に表示される。
“着信一件”
かけ直すべきかな……。でも、もし詐欺の類の電話だったのなら、相手の思うツボだろうし……。うーん……。
そうこうしている内に二度目の着信。ええい、ままよ! これで詐欺の電話だったのならすぐさま切って着信拒否をしよう!
意を決して着信ボタンを押下する。数秒おいてスピーカー部分を耳に押し当てると、聞き覚えのある静かで落ち着いた声が私の名を呼んでいた。

「谷地さん?」
「はっ、はい! 谷地仁花であります!」

目の前に相手がいるわけでもないのに、腰から折って頭を下げる。大袈裟なポーズかもしれないけれど、相手が相手な為にそれも致し方のないこと。
電話口の相手は強豪梟谷学園正セッターであるところの赤葦さんなのだから。

「夜遅くにごめん。寝てた?」
「いえっ、寝てないであります! 大丈夫です! むしろ赤葦さんからのお電話でしたら熟睡していても出ますのでご安心ください!」
「いや、そこは寝ててよ。そこまでして電話に出て欲しいなんて思ってないよ」

電話口から苦笑いのような声が聞こえて、頬が一気に染まる。自分のテンパり具合が相手にわかってしまった時のこの羞恥感! 穴があったら入りたい! むしろ埋まりたい!
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」

本当は大丈夫ではないけれども。膝をついてベッドに沈んでいるけれども。

「谷地さん」
「はっ、はい!」
「誕生日おめでとう――」

いつもと同じ声、調子で言われる言葉。一瞬何を言われたのかわからなくて、言葉が出てこなかった。
漸く絞り出した言葉は果たして何だったのだろう。
その後一言二言お話をしてから電話を切った気がするけれど、全く覚えていない。
今のは夢か現実か、パニック状態の脳内ではその判断は大変難しい。

「――っ!」

ぽすんと枕に顔を埋めて、ジタバタと手足を遊ばせる。
顔の熱が引かない。熱い、熱い。握っている携帯電話は既に画面の明かりが消えて真っ暗になっている。指の力だけで携帯を折って、パチリとフリップを閉じる。右へ左へ寝返りを打って、手にしていた携帯をもう一度見やる。

“誕生日おめでとう、仁花ちゃん”
赤葦さんの言葉がいつまでも耳に反響している。
“仁花ちゃん”
親類以外で名前を呼ばれることなんて滅多にない。だから、思考が止まってしまった。なんて言ったらいいかわからなかった。言葉が詰まるとは正にこのことなんだなぁ。
頬に手をやる。掌の冷たい感触がやけに気持ち良い。
ああ、よかった。赤葦さんが東京の人で本当によかった。



(そうじゃなきゃ、明日お会いした時にどんな顔をしたらいいかわからない)


Happy Happy Birthday,Hitoka Yachi!!

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