「はい、お揃いです」


「おう、赤葦。お前、よりにもよって俺らのアイドルことやっちゃんとお付き合いを始めたそうじゃねえか」

わざと時間をずらして遭遇しないようにしていたというのに、いつもの通りに社会人二人組に居酒屋に引き摺りこまれ、逃がさないと言わんばかりに強制的に座らされて両隣を固められる。息つく暇もなく問い詰められる。一杯くらい飲ませてくれたって罰は当たらないだろう。内心ため息を吐きだす。
別に隠し通そうとは微塵も思っていなかったし、黒尾さん相手にそんなことできるはずもないことは百も承知だ。
でも、いったいその情報がどこから漏れたのだろう。まだ誰にも言っていないはずなのに。

「なんで知ってるんですか? 黒尾さん読心術とか使える人でしたっけ」

努めて冷静に返すと反対隣りから大音量の暴力に遭う。

「え!? 黒尾そんなことできんのか!!」
「話が逸れるから木兎はちょっとこれでも飲んでろ」

木兎さんの目の前にビールジョッキが乱暴に置かれる。話に混ざりたいと言いたげな瞳で俺を見られてもどうしようもできないんです。やめてください。俺にあなたは助けられません。

「やっぱりか。どうも最近のお前は様子がおかしかったからな」

カマかけてやがった。
いや、まあ普通に考えればそんなこと火を見るよりも明らかだっただろう。誰にも言ってなかったし、谷地さんも言いふらすような性格ではないだろう。
だから、そんなことにも気付けないほど今の俺は様子がおかしいということなのだろう。他人の目で見て言われてしまうのだから余程の事だ。

「で、どこまでいったんだ? A? B? C?」
「随分懐かしい訊き方をしますね。というかそんなこと言う義理はないでしょう」
「いいや、あるね。お前は俺らのアイドルを自分だけのものにしたんだ。逐一報告する義務がある」

もっともらしいことを言っているけれど、要はからかう相手が欲しいというところか。そんなの木兎さんがいれば十分だろうに。
面倒だという思いが表に出ていたのか、黒尾さんは尚も笑みを深める。

「まあ、やっちゃんを呼び出して直接訊いてもいいんだけどな」
「谷地さんが答えると思ってるんですか」
「思うね」
「…………」

谷地さん、特に黒尾さんと木兎さんに対して何故か恐怖心を持っているし、ちょっと何かを言われたらあることないこと喋ってしまいそうだ。そうなるとこっちにも火の粉が飛んでくるし、ここは適当なことを言って逃げるのが得策か。

「まあ将来的にはFになる予定ですのでその時はよろしくお願いします」
「え? 赤葦お前エフになるのか?」
「木兎さんはビール飲んでてください」

隣から中途半端に聞いていたであろう木兎さんが間の抜けたことを訊いてくるけれど、今はそれに対応できるほどの余裕はない。大して飲んでもいないけれど財布から野口を三枚ほど出して席を立つ。背中にストップの声がかかるけれどこれ以上話すことはない。
歩みを止めることなく出入り口へと向かい引き戸をスライドして外に出る。
外気との差で鼻の奥がツンと痛んだ。



エレベーターを降りて、部屋までの数十メートルの外廊下を歩く。鍵穴に鍵を差し込もうとしたところでひとりでにレバーが下がる。何度目かの体験だからかもう驚かない。
俺は中に誰がいるかを知っているのだから。

「おかえりなさい、赤葦さん」

花のような笑みで谷地さんが迎え入れてくれる。
それに応えるように俺も慣れない笑みを作る。

「ただいま、谷地さん」

後ろ手で扉を閉めて、鞄から小さな包みを取り出す。
社会人二人組に捕まる前に偶然立ち寄った店で見つけた、谷地さんを連想させる向日葵が刺しゅうされた暖色のハンカチ。
まだ付き合って間もないしアクセサリーとかをあげるよりかは軽いかなと思ってのことだけれど、果たして気に入ってくれるだろうか。

「玄関口でなんだけど、これ」

手渡した包みを見て、谷地さんの笑みはさらに輝く。
と同時に俺の方へ差し出された手。その上には似たような包みが乗っている。

「私も赤葦さんにプレゼントです。……たぶん同じお店のものだと思うんですけど」

確かに一目見た感じでは違いはないように見える。というかほぼ同じだ。プレゼント交換の呈で互いに持っているものを交換する。開封の了承を得て、シールをそっと外す。
中に入っていたのは暗色のハンカチ。そしてその隅には梟の刺繍が入れられていた。このデザインって……。
落としていた視線を上げれば、ちょうど谷地さんも同じタイミングで顔が上がり自然と視線がかち合う。
またしても同じタイミングでハンカチを開き、見せ合いっこをする。
谷地さんは明るい向日葵。俺は暗い梟。たぶん、谷地さんの中で俺のイメージはそんなところなんだろう。高校の“梟”がよっぽど印象に残ったんだろうし。
何にしてもこうして“俺に渡そうと思って買ってくれたもの”は素直に嬉しい。

「ありがとう」
「こ、こちらこそありがとうございます! 私も一目見てこのハンカチいいなあって思っていたのですが生憎持ち合わせがなく渋々諦めたんです! だから、赤葦さんに頂けてとても嬉しいです!」

大切そうに手の中のハンカチを持っている谷地さんを見て、胸が苦しくなる。そんなにも嬉しそうな顔をしてもらえるなんてプレゼントのし甲斐があったというものだ。

「刺繍は違うけど、これもお揃いになるのかな」
「そうですね! 同じシリーズのハンカチですし」
「……お揃いだね」
「はい、お揃いです」

最初のお揃いは失恋。次はハンカチ。
また一つ増えた“お揃い”に二人して笑った。

(次のお揃いは、左薬指がいいかな)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -