「俺、谷地さんが好きだよ」


「赤葦はやっちゃんのことが好きなのか?」

微睡みの中で聞いた耳を疑う言葉。
え……? 待って、待ってください。
今、木兎さんは何と仰いましたか? 赤葦さんが? 私を? 好き? しかも、その後の黒尾さんの言からかなり前からのことらしいということもわかってしまった。
何の冗談ですか……? そんなはず、ない。赤葦さんが私なんかのことを好きになるはずがない。好きになってもらえる要素はどこにもない。それは私が一番よく知っている。漫画で言うならモブに等しい私を、格好良くて優しくて気遣いもできてそれでいていつも冷静で、まさしく主人公に相応しい赤葦さんが見とめるはずがない! 天地がひっくり返ろうともそんなことあるはずがないし、もし万が一そうであったとしたら今日が私の命日! きっと赤葦さんファンの会の皆々様に暗殺されるだろうし、そもそも身の丈に合っていないにも程があるし、恐れ多い。
つい先日、この想いを自覚してしまったけれど、これはお墓まで持っていくつもりなんだから。身の丈に合わない恋は辛いだけだから。
赤葦さんには私以外の素敵で可愛げがあってでも綺麗で気さくで女性らしい人と幸せになっていただきたい。赤葦さんのお隣を歩くのは私でない誰かのはず。そう、私じゃない……。
胸の奥がチクリと痛む。私じゃない誰かが赤葦さんのお隣にいる景色を想像して、嫌だなんて思っちゃいけない。烏滸がましい。妄想ですら許されないお相手なのに、木兎さんの嘘か誠か俄かには信じられない話に縋ってしまいそうになる。
思考が後ろ向きになり始めたところで都合のいいことにゆっくりと意識が薄れていく。強烈な眠気に抗えない。
うう、今度こそお酒で失敗しないって決めたのに……。

「…………」

次に目が覚めた時はよくわからない状況になっていた。
首がやけに痛いのはずっと頭が下を向いているからだろう。ぼんやり眼が映し出すのは小奇麗なスニーカーとジーンズ。視界の端には先ほどまで真正面でずっと見ていた、落ち着いた色合いのシャツ。何かと密着してるのか、体の前の部分が温かい。一定の間隔で上下する視界に、なんとなく自分の状況を察する。
あ、これおんぶされてるんだ……。……誰に?
「谷地さん」

超至近距離からの優しい声。驚いて目を見開いて、でも恥ずかしくて顔はずっと下を向いたまま。なんとなく目が覚めた瞬間からわかってはいたけれど、そっか。私――赤葦さんにおんぶされてるんだ。それを自覚した瞬間、すぐにでも地に埋まりたかったけれど、幸か不幸か私の体の自由は今赤葦さんに握られていてどうしようもできない。重ね重ねのご無礼に頭が下がるばかり。これ以上は物理的にどうにも下げられないけれど。

「さっきの話、聞いてたよね」

赤葦さんは私が起きている体で話しかけてくる。しかも先ほどの――心臓が飛び出るかと思った話題を聞いていたこともほぼほぼわかっているみたいな口ぶり。誤魔化しようのない、逃げ道も絶たれた状態なのだと確信する。言葉を濁してこの場だけでもやり過ごしてしまおうかとも思ったけれど、赤葦さんの心中を思えばそれはやってはいけないことだというのはわかるし、こう密着していては私の心拍は丸わかりだ。咄嗟にあれやこれやと言葉が出てくるほど私は会話上手ではないことは自分が一番わかっていること。
それならばきちんと答えなければならないけれど、声を出したらさっきまで考えていたことがすべてそのまま戻ってきてしまいそうで、怖くて、不安で、今にも泣いてしまいそうだった。
だけど、いつまでも無口を貫けるわけもない。なるべく小さく、簡潔に肯定する。

「……はい」

それから静かな時間が一分、三分、五分と過ぎ、とうとう沈黙に耐えられなくなって何でもいいからとにかく何かを言葉にしようとしたその時だった。

「俺、谷地さんが好きだよ」

事前に知っていたこととはいえ、ご本人の口から伝えられた真っ直ぐな想いに開きかけた口が閉じる。
頬が染まって、真冬だというのに顔だけが茹蛸のように赤くて、熱い。今なら頬で目玉焼きでも焼けそう……。自分でもわかるくらいなのだから密着している赤葦さんにも確実にこの熱は伝わっているはず。どうしよう、どうしよう……! これはもう確実にバレてしまっている……!
「高校二年の時からずっと」
「あ……あ、ありがとうございます……」

咄嗟にお礼をしてしまったけれど、ここはもっと違う言葉が……ん? 今、赤葦さんは何と仰った? 高校二年の時からずっと? それは矛盾している、というか、あれ? この前お会いした時に私と同じタイミングでフラれたって……?
「混乱してるよね」

私の心情が手に取るようにわかるようで赤葦さんは微苦笑をしているようだった。

「えっと、俺がこの間言ったことは本当だよ。谷地さんがフラれたタイミングで俺もフラれた。それもそうだよね。谷地さんに好きな人がいて、その人に告白をしたってことは俺の想いは受けてもらえないってことだし。でも、」

でも、諦めきれなかったんだ。
掠れ気味の声は必死さと切なさが入り混じっていて、聞いている私の胸をぎゅっと締め付ける。

「諦められたなら、五年も片想いなんてしない。ここまできたんだからちゃんと伝えようって決めてた」

ここで一旦言葉を切って、赤葦さんは一つ深呼吸をする。

「谷地さん。好きです。付き合ってください」

短く、丁寧な言葉。
名前を呼んでくれたこと。好きだと言ってくれたこと。こんな私にお付き合いの申し出をしてくれたこと。
生まれて初めて男の人からの好意を頂いた。
それが本当に嬉しくて、嬉しくて仕方がなくて。
ずっと堪えていたけれど、もう――無理だった。
一粒、二粒。涙が零れて、赤葦さんのシャツに小さな染みを作る。
私が泣いていることに動揺した赤葦さんは冷静にしながらも心配する声をかけてくれて、それがまた嬉しくて。涙はとどまるところを知らないように流れ続けた。

「ありがとう、ございます……。嬉しいです……。不束者ですが、末永くよろしくお願いします」
「……谷地さん、それじゃ結婚の時の挨拶みたいだよ」

俺は大歓迎だけどね。
風に流されて消えてしまったけれど、確かにそう聞こえた気がした。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -