師走五日午後十二時五十五分


昼休み。昼食を終えて、暖かい日差しと共にやってくる睡魔に抗うことなく、重い瞼を下ろしかけたその時だった。
スラックスに入れたスマートフォンから着信を知らせるバイブ音が鳴る。きっと木兎さんあたりだろう、とため息を吐き出しつつも、ポケットから未だに着信を知らせ続けるそれを取り出して画面を見る。けれどそこに映し出されていたのは見知らぬ数字の羅列。……この番号、誰だ?
出た方がよいか、出なくてもよいか。悩んでいるうちに着信が切れる。ひとまず安堵のため息を吐き出したところで再び同じ番号からの着信。
こう何度も頻繁にかかってくるということはおそらくセールや勧誘の電話ではないのかもしれない。
意を決して通話ボタンをタップし耳に当てる。受話口から聞こえてきた声は、とても聞き覚えのあるそれだった。

『あ、赤葦さんの携帯番号でしょうか!』
「そうっス。谷地さんですよね?」
『は、はいっす! 烏野高校でバレー部のマネージャーをやらせてもらっている谷地仁花です! お、おひさしゅりぶです!』
「え? あ、うん。久しぶり」

単に電話に慣れていないのか、それとも俺と話すことに緊張しているのか。まあ、多分どちらも当てはまるんだろうけれど、何にしても電話口の谷地さんはテンパっていた。それはもう、面白いくらいに。きっと向こうで顔を赤くして挙動がおかしくなっているのだろうか、と考えただけでも俺まで笑ってしまいそうになる。

「 で、その烏野高校バレー部マネージャーの谷地仁花さんが俺に何かご用っスか」

まあ、用があってかけてきたんだろう。別に谷地さんなら用がなくてもかけてきてくれて一向に構わないけれど――そんなこと口が裂けても言えないが。
何にしてもこの問いかけに意味はあってないようなものだ。これは、未だにあわあわと穴があったら埋まりたいくらいの勢いで頭を抱えているだろう彼女との会話を進めるために必要なステップだ。

『あっ、はい! えっと……雀田先輩と白福先輩からご連絡をいただきまして、不肖谷地仁花、僭越ながら赤葦さんのお誕生日をお祝いさせていただきます!』

そう言って、谷地さんが何かの心の準備をするためなのか、大きく深呼吸をする音が聞こえる。大声でも出すつもりなのだろうか。そんなことするはずはないと思いつつも若干携帯電話を耳から離す。だけど、それを俺は後に激しく後悔することになる。

『お誕生日おめでとうございます! 京治さん!』

受話口から聞こえた早口言葉。最初何を言われたのか上手いこと聞き取れなかったし、わからなかった。だけどなんとか思い出して脳内再生をする。
“お誕生日おめでとうございます”
“京治さん”
驚きのあまりスマートフォンを取り落としそうになった。

『あ、あの……赤葦さん!? 大丈夫ですか!?』
「大丈夫、ありがとう。すごく嬉しいよ」

俺の反応がないことを心配する彼女の声に漸くのことで声を絞り出して応答する。なるべくいつもの調子で喋ったつもりだったけれど上手く誤魔化せただろうか……?
それから一言二言会話を交わしてから終話ボタンをタップする。画面が通話から待ち受けに変わるのを確認してから大きく息を吸い込んで、吐き出す。それを何回か繰り返して、頬が紅色に染まっていることを自覚する。熱い。熱すぎて熱でもあるんじゃないかと疑ってしまう。
頼りにならない自制心に今度はため息を吐き出して、スマートフォンの画面をもう一度見やる。今はスリープモードになっているため画面は真っ暗だ。それに安心しつつも、ああ、もっと近くであの言葉を聞きたかったという強い後悔。

夢でも見てるんじゃないかと思ってしまった。頭の中が真っ白になって、咄嗟に何も言葉が出なかった。それほどにあの一言は強烈だった。
嬉しかった。たとえそれが先輩たちによって誘導された結果であったとしても。たとえそれが誕生日だからという限定条件があったとしても。
親と祖父母以外から呼ばれたことのない名前を呼んでくれた。
たったそれだけのことだけど、俺には何よりの誕生日プレゼントだ。
“お誕生日おめでとうございます! 京治さん!”
再び谷地さんの言葉を思い出して、俺は机に突っ伏した。



(暫く先輩達に顔が上がらない)
(京治さん、だなんて馴れ馴れしいにも程があったかな!? でもそれが一番喜ぶって教えてもらったし、でも電話口の赤葦さん全然喜んでなさそうだったっていうか、逆にスルーされたみたいでやっぱり私なんかがお誕生日をお祝いしようだなんて烏滸がましいかったかな!? でも今更電話かけ直して言い直すのも何か変だしとりあえずもうやってしまった! 私!)


Happy happy Birthday,Akaashi!!

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