お手をどうぞ
※貴族パロディ
大きなため息を吐き出す。
右手に持ったワイングラスにはまだ半分ほど中身が残っていたけれど、どうしてもそれを飲むという気にはならなかった。
理由は簡単。気分が落ち込んでいるから。
では何故そんなにも気分が落ち込んでいるのか。それは、この場に関係してこと。
父親に言われるがままに着飾って、仕方なく参加したこの舞踏会。嫌々ながらも自分なりに楽しもうとしたけれど、その努力も実らず。
こうして私は会場から逃げるようにしてテラスへと赴いたのだ。
「退屈、ね」
再びため息を吐き出す。
大体この舞踏会自体私の婚約者探しをするための場だというのだから笑ってしまう。
今時婚約者探しのために舞踏会を開くだなんて古風すぎる。第一、親が決めた相手のことを私が本気で好きになれるなんて思えない。私の意志というものは尊重してくれないのか。…してくれるわけがない。父親も母親もイエが大切なのだから。娘である私は、イエを存続させ、繁栄させるための一つの道具としか見ていない。その証拠がこの舞踏会。
各界の御曹司やら若社長やら、考えうる人材をねこそぎ連れてきてこの会場に押し込んでいるのだ。私の入り婿として、イエを繁栄させるほどの力を持つ人間を厳選するために。
考えるだけで憂鬱になる。あぁ、どこか遠くへ逃げてしまおうか。
ふとそう思い立って、テラスの手すりへ乗り出したその時だった。
「危ない!」
後ろから抱きあげられる。
咄嗟のことで頭が働かず、なすがままにされてしまう。
パリン、とグラスが割れた音がしたけれど、そんなことお構いなし。
「何をしてるんだ!」
優しく下ろされたかと思ったら開口一番に怒られた。
驚いて目を丸くしている私に、彼は続ける。
「落ちたらどうするつもりだったんだ!危ないだろう」
「私はここから逃げ出そうとしていただけよ」
「それにしたって他の方法があるだろう。ここを何階だと思ってるだ!」
それもそうだ。
彼の意見に流されたわけでもないが、ここから逃げ出す手段は他にもあっただろう。勢いに任せて逃げ出そうとするものではなかったもしれない。
少し反省。
それにしても、こう、フランクに話しかけてくれる人がいただなんて思わなかった。ここにいる人間は私に対して敬語ばかりだったから彼のこの砕けた感じはとても好感を持てる。
「…あなた、お名前は?」
「僕かい?フレン・シーフォだ」
「フレン、さん?先ほどはすみませんでした」
「君が死ぬ気じゃなくてよかった」
いつの間にか彼の顔からは怒りが消えていて、爽やかな笑顔が返ってきた。
ドキリ、と高鳴る胸。あぁ、どうしよう。
それを悟られまいと、右手を差し出す。
「一曲、踊ってくださらないかしら?」
「僕でよければ」
ニコリと、小さく笑みがこぼれる。
ほんの数分前までは退屈で仕方がなかった舞踏会へ、私と彼は歩み出す。
もう、退屈ではない。晴れやかな気分だ。
運命の赤い糸、というのは迷信だとばかり思っていたけれど。
今日ばかりは、それを信じずにはいられない。
私は、彼に恋をした。
(…あなた、ダンスはあまり上手ではないのね?)
(不慣れなものですまないね)