スウィートポイズンクッキーはいかが?


「トリックオアトリート」

満面の笑みと共に斜め前に向かって差し出す右手。まさか自分に言われているとは思ってもみなかったのか、右へ左へ首をやって最後に俺の方へ座りを正す。相変わらず礼儀正しいなぁ。
奥田さんはじっと俺の顔と手とを見て首を傾げている。あれ、俺の言葉が通じなかったのかな。それとも知っててとぼけてるのか? よくわからないままもう一度同じセリフを口にすれば、ああ! と何かを理解した風に手を叩く。そして流れるような動作で鞄の中から可愛い包みを取り出して俺の右手に乗せる。
色形は申し分ないお菓子――見た目だけで判断するならばクッキー――なんだけど、これ……もしかして奥田さん手作りだったりするのかな。もしそうだとしたらこれ食べても大丈夫? 大丈夫じゃなくね?

「奥田さん」
「なんでしょう」
「もしかしてこれ手作り?」
「内緒です」

そこは内緒にしないでいただきたいんだけどね? そんな可愛い笑顔で内緒ですなんて言えるようになったんだなぁ、なんて一瞬顔がにやけそうになったのは秘密だ。
誰にあげるつもりで用意したのかわからないけれど、手作りだったと仮定して、奥田さんお手製の劇物が入っていない確証はどこにもない。既製品ならそれはそれで喜ばしいところだけど――まぁ、俺にしてみたらお菓子よりも奥田さんにいたずらしたかったんだけど――果たしてこの手の中にあるお菓子はいったいどちらなのだろう。
奥田さんの表情で判断しようと思ったけれど一向に笑顔を崩さない。鉄壁ってこういうことを言うんだろうか。それとも誰かに入れ知恵でもされたのかな。それはそれでクラスメイトと親睦を深めるきっかけになっただろうからよかったけど。……なんて考えてる場合じゃない。とりあえず寺坂あたりに食べさせてみて様子を窺おうかと視線をずらした、その時だった。

「カルマ君。トリックオアトリートです」

まさかここで奥田さんからその言葉を聞くとは思ってもみなかった。咄嗟にポケットの中に手を突っ込んでみるも、奥田さんに渡せそうなお菓子はない。いや、正確には右手に存在を主張し続けている爆弾はあるけれど。

「残念。お菓子はないみたいだからいたずらしていいよ」

降参とばかりに肩を竦めれば、あっさりとした言葉が返ってくる。

「わかりました。では、いたずらします」

そう言うや否や、俺の右手にあるものの封印を解いて――大袈裟に聞こえるだろうけれどこれは本トに封印と呼ぶに相応しい――中から白砂糖のかかったクッキーを一つ摘んで俺の口に放り込む。反射的に口に入れてしまったそれは甘くて、美味しかった。……じゃない! まだ検証が終わってないのに食べちゃったよ!?

「カルマ君、どうですか?」
「……美味しい」
「ですよね! 茅野さんと一緒に見つけたお店で買ってきたんです」

その言葉でこの右手のブツに奥田さんお手製劇物が混入されていないという意見に落ち着く。まさか茅野ちゃんと買いに行ったものに対して劇物を混入しようとは思わないだろう。そこの友情は信じていたい。信じて大丈夫だよね?
内心慌てふためく俺だけど、目の前の奥田さんはにこにこ嬉しそうに笑っている。余程美味しかったのか、それとも茅野ちゃんとの買い物を思い出してその余韻に浸っているのかわからないけれど、何にしても奥田さんが嬉しそうで何よりだ。俺は心臓が止まるかと思ったけどね!

「あれ、でも俺いたずらされてないけど?」

思い出したかのように口にすれば、奥田さんは俺の右手から一つクッキーを摘んで自分の口に入れる。

「しましたよ。カルマ君、そのクッキー、私が作ったものか買ったものなのかわからなくてドキドキしてましたよね? それがいらずらです」

何それ。奥田さんがお決まりのセリフを言う前に俺はいたずらされてたってこと? うわー、何それ。何それ。
心中が表情に出ていたのか、奥田さんが申し訳なさそうな顔でネタバレをしてくれる。

「えっと、神崎さんと茅野さんに“いつもいたずらしてるカルマ君に少しばかりお返しをして
あげなさい”と言われたので……」

それでこの計画を託したってか。まぁ、ハロウィンっていうのもあったんだろうけれど。……さすが対俺セコムと名乗るだけあるね。
奥田さんから手渡されたらそりゃ色んな意味でドキドキもする。結局俺はあの二人の手の上で――正確に言うなら神崎さんだろうけれど――踊っていたってわけか。なんか悔しい気もするけれど、まぁいいや。奥田さんから美味しいクッキーももらったし、しかもそれを食べさせてくれたからそれくらいの対価は仕方ないか。

「カルマ君、怒ってますか?」

俺が沈黙を貫いているものだから、奥田さんが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。近いよ。

「怒ってないよ。まぁでも親思う心にまさる親心なのかね」

あの二人は奥田さんの親ではないけれど、大体そんな感じだろう。ため息交じりで言えば奥田さんはまたも首を傾げている。

「どういう意味ですか?」
「自分で辞書引きなよ」

それで終いとばかりに席を立つ。「じゃあまた明日ね」と言って教室を後にして、廊下に出てもう一つクッキーを口に入れる。柔い甘みに笑みをこぼして、スキップ交じりで帰路に着いた。



(ハッピーハロウィン!)

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