あまのじゃくになる薬


「私、本当はカルマ君のこと好きじゃないんです」
いきなり告げられた衝撃告白に、間抜けにも何も言えず思考が停止する。え……? は……? いま、目の前にいる彼女は何と言った? 好きじゃない? あまりにも唐突な言葉。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。やばい今すごい泣きそう。
「だからさようなら。もう二度とお会いすることもないと思います」
俺の返事を待たずに、彼女は柔く笑って踵を返し行ってしまう。咄嗟に引き留めようと手を伸ばし――
「…………」
たところでベッドから転げ落ちて目が覚めた。地味どころか派手に痛い。夢の内容を思い出して慌てて視線を上にやれば、そこには安らかな寝顔と共に上下する肩が見えて安心する。かなり大きな音がしたと思ったのに未だ夢の中とは。よっぽど疲れたのかなぁ……なんて昨日の情事を思い出して一人頭を抱える。ああ……でもよかった、夢だった。大きく息を吐き出してぶつけた頭部を摩る。こぶはできてないようだけど暫くは痛みが引かなさそうだなぁ。カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて視線を足下に戻したところで不安が重くのしかかってくる。あれは本当に夢……?
想いを告げて、紙切れ一枚の約束を交わして、こうして同じベッドで眠る間柄にはなったけど、でもよく思い返してみれば彼女から好意を示す言葉を聞いた記憶が殆どない。いつも俺ばかりが想いを言葉にして伝えて、彼女はそれを受け止めているだけ。恥ずかしいからだろうとかうまく言葉にできないだろう、とか。適当な言い訳を自分にして誤魔化してきた。それでいい、大丈夫だ。俺はちゃんと彼女から好意を向けられていると。愛されてるとそう思い続けていたかった。なのにあんな夢を見るなんて。誰だよ、夢は己の願望だなんて言った奴。俺はあんな願望なんて持ってない。持つはず、ない。
「……カルマ君?」
寝惚け気味の小さな声にはっと顔を上げる。ぼんやり眼と視線をかち合う。
「おはよう」
「おはよう、ございます……。早いですね」
言うほど早いのかとベッド脇の時計を手に取って時間を確認すれば確かに早いと言えるような時間が指し示されていた。カーテンから差し込む光のせいで、てっきりもう朝日が昇りきってるもんだと思ってた。
「どうかしたんですか?」
「何が?」
「顔色が悪いですけど……」
「そう?」
短く言葉を切って笑みを作る。夢のことを相当引き摺ってるのか、それすらも引き攣ったものになる。誤魔化すようにベッドに潜り込んで彼女の体を引き寄せて腕の中にしまいこむ。
「カルマ君」
小さな声とともに背中に回される腕。ぎゅっとTシャツを握り締めるその仕草が可愛くて腕の力を少しだけ強める。
「……夢見が悪かったんだぁ」
自然と口から出たその言葉に自分自身で驚く。こんなに素直に言えるだなんて……。
「そうだったんですか。夢見が悪かった時は誰かにそれを聞いてもらうと楽になるらしいですよ! どんな夢だったんですか?」
明るく言ってくれるけど言う側としたら気が重いし、もし言って正夢にでもなったら嫌だしなぁ。ってなんで俺こんなセンチメンタルになってんの。一人でボケとツッコミやってどうすんの。
「……夢で奥田さんに、本当は俺のこと好きじゃなかったんだって言われたんだぁ」
「私はもう奥田さんじゃないですよ。赤羽愛美です」
「あ、うん……」
やっとの思いで口にしたっていうのになんでそこにツッコミ入れちゃうかなぁ! 本トもう! 話の腰を折らないでほしいんだけど!
「夢は願望だって言うじゃん。俺は絶対そんなこと思わないけど、もしかしたら愛美さんは心のどこかでそんなこと思ってるのかなって考えちゃって」
「はぁ……」
小首を傾げて言葉を発する愛美さんはどうやら話の内容が上手く呑み込めていないようだった。まぁ、寝起きだから仕方ないけど。
「夢の中の私がそんなことを言ったんですか」
「うん」
「じゃあその私はきっとあまのじゃくになる薬を飲まされたんですね」
「何それ」
普段非科学的なことをあまり言わない彼女の口から出た“あまのじゃくになる薬”という頓珍漢な言葉がどうにも面白くて噴き出してしまう。自白剤なら聞いたことあるけどあまのじゃくになる薬って……。何それ聞いたことないよ。ひとしきり笑った後で漸くこれが彼女の俺への慰めであることに気付く。分かりにくいけど、彼女なりに言葉を選んだんだろうと思うと嬉しくて腕に力が入る。
「ねぇ、愛美さん。なんか言って」
「なにかとは……?」
「落ち込んでる俺が喜びそうなこと」
その言葉に少し考え込んで、やがて彼女の口から控えめな音が発せられる。
「好きですよ、カルマ君」
「うん、俺も大好き。愛美さん」
再び強く抱きしめると腕の中からくぐもった声が聞こえる。それに聞こえない振りをしてゆっくり瞼を下ろす。変な時間に起きちゃったから眠くて仕方ない。大きく欠伸をすればすぐに睡魔が迎えにくる。
「おやすみぃ」
「はい、おやすみなさい」
その言葉を最後に微睡の中に沈んだ。


(今度は幸せな夢が見られますように)

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