「聞いてよ、誓太!」


長い午前中の授業がすべて終わり、大きく伸びをする。今日は座学ばかりだったから、少し体を動かしただけでもあちこちからパキポキと音がする。四時間目の終わりごろから腹の虫が騒いでいてそろそろ限界だ。漸く昼食に与れる、この時間を待ちわびたとばかりに鞄の中から買ってきたパンを取り出したその時だった。
「聞いてよ、誓太!」
その声と共に困ったような、怒ったような、なんとも不可思議な表情で雪葉が僕の元へやってくる。食べながら話を聞くのは礼儀に反すると思って、手にしていたパンを机に置いて彼女の到着を待つ。腹の虫が今か今かと昼食を待ちわびていたというのに、これではいつ昼食にありつけることやら……。でも、ほかでもない雪葉が相手なのだから我慢するしかない。
それにしても、今週に入ってから何度となく聞く、「聞いてよ、誓太!」というセリフ。大概、雪葉がこの文句を使うときは決まって徹のことに関して言うときなのだけれど、果たして今回はどうなんだろうなあ。努めて笑顔で「どうかしたの?」と返せば、やはりというか、お決まりというか、そのセリフの出だしは「徹がね」から始まった。
「徹がね、貸した教科書に落書きして返してきたの!」
「また? この間も同じこと言ってたよね」
「そうなの! この間注意したのにちっとも聞いてくれないの!」
「なら貸すのやめたらいいんじゃないの?」
僕としては至極全うというか、最善の解決策を提示したつもりだったけれど、雪葉にしてみればそれはどうにも納得のいかない案だったらしく、渋い顔で返される。
「それは……そうなんだけど」
「まあ、貸す貸さないは雪葉と徹の問題だからこれ以上は言わないよ。でも徹って授業中寝てることが多いからそれで間違えて落書きしちゃうんじゃないの? ほら、よくシャーペン持ったまま舟を漕いでるの見かけるし。だからわざとじゃないと思うよ」
僕のフォローに雪葉は少し考える素振りを見せてから、そうだねと小さく頷いた。その表情はどこか嬉しそうで、でもやっぱりどこか渋さも残っていて、本当この二人は見ていてほんわかするよなぁと内心微笑む。
「誓太、ありがとう」
そう言って、雪葉はくるりと踵を返してそのまま徹の机まで行く。そこでまた一悶着あったみたいだけど、その時の僕は空腹に耐えきれずパンを食べるのに夢中だった。後から聞いた話だとどうやら無事和解はしたようだけど、落書きに加えて居眠りまで怒られた徹は暫くしょげていたそうだ。

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