特別な色


駅までの道のりでとても見覚えのある色を見かけた。あの髪色は間違いなく、というより間違えるはずもない。遠目からでもよく映える赤色。ほかの誰とも似ていない、特別な色。少しだけ歩調を早めて前を歩く彼に追いつく。
「おはようございます、カルマ君」
背後からの声にゆっくりと振り返って、カルマ君は柔い笑みを浮かべる。
「おはよう奥田さん」
「今日は早いですね」
「まぁね。ちょっといろいろとやらなくちゃいけないことがあるんだよね」
「そうなんですか」
そこでいったん会話が途切れる。だけどそれを全然苦痛だとは思わない。カルマ君といる時は何も喋らなくても居心地が悪くなることはないし、むしろその時間にとても安らぎを感じさえする。それに私も彼も喋らずにはいられない類の人間ではないし、朝からたくさん話すような話題もない。
山道に這入ればいよいよ沈黙が二人を包む。体力にあまり自信がない――といってもそれはE組内でという話だけれど――のと足下を見ていないとすぐ木の根に引っかかってしまうのとで必然的に視線が下がる。それでも関節視野で目に入る彼の特徴的な髪色に思わず私の口が滑る。
「カルマ君の髪って遠目からでもわかっていいですね」
前触れもなく止まった歩み。一瞬表情に影が差したあとすぐに笑顔と共に「悪目立ちするよねー」といつもの口調で言葉を紡がれる。そんなつもりで言ったわけではないのにどうにも誤解をさせてしまったらしい、というのを直感する。悪目立ちとかそういう意味で言ったわけではなくて。
「すごく綺麗な色だと思います。そのおかげで今日もカルマ君のことを見つけられたんですよ」
「…………」
目を見開いて、言葉に詰まった様子だった。もしかしたら私が気が付かないうちにカルマ君の気に障ることを言ってしまったのだろうか。目立つ髪色だし、周りの人から良くも悪くも色々と言われているのかもしれない。なんとかしてフォローしなければ、と考えるよりも先に口が動く。
「私の髪色は見ての通りとてもどこにでもありふれる色で、でもカルマ君の髪色はとても素敵で綺麗だと思います。羨ましいです」
薄く笑うと、カルマ君もふっと笑みをこぼす。その表情が今まで見たことないような優しくて愛おしさに溢れていて胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に見舞われる。
なんだろう、この感じ。今まで感じたことのないような、温かい気持ち。
「……奥田さんはどこにでもありふれる色って言ったけど、俺にとっては特別な色だよ。有象無象の中でも俺は絶対見つけ出せるから」
その言葉が胸に突き刺さる。それはいったいどういう意味なのだろう。真意を聞きたくて口を開こうとしたらそれを制される。
「学校遅れるよ」
携帯電話で時間を確認すると、確かにもうあと十数分で朝のホームルームが始まってしまう時刻だった。視線を上げれば、もうカルマ君はずんずんと先に行ってしまっている。携帯電話を鞄にしまって彼の後を追う。
結局意味を聞きだせぬまま、私たちは登山道を急ぐ羽目になった。

(待ってください!)
(待たないよ)

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