分岐点は桃色


大学生で同棲してる設定。
・産婦人科に行きました系な話
・カルマ君が愛美ちゃんのことを少し乱暴にする
・本番はないけど若干そんな雰囲気が入る












別に見ようと思ったわけじゃないけど、たまたまテーブルの隅に置かれていたそれが視界の端に映り込んで困惑を隠せなかった。見慣れない――というか見慣れるわけがないけど――薄ピンク色の診察券。奥田愛美様と書かれたすぐ下には、はっきりと“産婦人科”の文字が書かれていた。しかもこの産婦人科、見覚えあると思ったらうちのすぐ近所にあるところじゃん。
ドキリと胸が鳴る。彼女と一緒に暮らすようになってそういう行為をしてこなかった訳じゃないし、むしろ割と頻繁にしてきた方かもしれない。お互いまだ学生というのもあって望まぬ妊娠は避けたかったし、そのための道具も用いてきた。なのに何故。もしかして避妊具に不備があったとか? 覚えがない――というかそんなことまずない――けれど彼女の中に己の欲望を吐き出してしまった? それとも、誰か、ほかの……?
そこまで考えて頭に血が昇る。勢いのままにテーブルに自分の拳を叩きつける。静かな室内に響く音と遅れてきた痛覚で少し冷静さを取り戻す。違う、そんなことない。ありえない。奥田さんはそんな女の子じゃない。邪念を振り払うように頭を振って、彼女が外出から戻るのを待つ。
立っているのも居心地が悪くて座ってみるもののどうしても視界に入ってしまう薄ピンクのそれに心が落ち着きを取り戻せない。俺の子どもかそれとも別の男の……という答えの見つからない問いに永遠のループを感じていた時だった。
「ただいまです」
玄関からドアを開ける音と共に届けられた声に、弾かれたように立ち上がる。テーブルにその存在を主張し続けている答えのない問いの原因を持ってなるべく平静を装って彼女を迎える。
「おかえり、奥田さん。……これ、何?」
手にしていた診察券を差し出す。奥田さんは何のこともなしにそれを受け取って首を傾げる。見ればわかる物を何故、これは何と聞くのだろうか。言葉に出さずともそれは表情で読み取れた。
「診察券ですよ」
「それはわかるんだけど」
俺の言葉の真意を捉えきれないのか、彼女の瞳には困惑の色が混じっている。何を言いたいのかまるでわかっていないという風だ。その表情が、瞳の色が、先ほど抱いた苛立ちを増幅させる。堪えきれずに口を開くと堰を切ったように思いの丈をぶつけてしまう。
「奥田さん子どもできたの? 俺の? それとも誰か他の奴の? ねぇ、何で何も言ってくれなかったの? 俺がこれを見つけなければずっと隠すつもりだった?」
ドアに彼女の体を押し付けて、顔の真横に拳を殴りつける。予想以上に大きな音が静かな廊下に響く。責めるような言葉と怒りを露わにした態度と自分の状況を漸く呑み込めたのか、彼女の顔から笑みが消える。
「もし俺との子どもなら、ちゃんと責任は取るよ。結婚して大学辞めて働く覚悟はある。生活は厳しくなるかもしれないけど絶対幸せにしてみせる。……でも、他の奴の子どもだったら」
俺、そいつのことどうするかわかんないよ。
耳元で囁いた言葉に、彼女の喉が鳴った。
「カルマく……」
ドロドロした感情を抑えきれなくて無理矢理唇を奪う。いつもは気を遣ってなるべく優しくしているけれど今日ばかりは荒く、噛みつくように何度も何度も繰り返す。安定した呼吸ができなくて苦しくなったのか、息苦しそうに小さく口が開かれる。すかさずそこへ舌を差し入れて口内を蹂躙していけば、艶っぽい声が漏れる。こんな姿を俺以外の男に見せたかもしれないと思うだけで言いしれない黒い感情が渦巻く。乱暴に右手をささやかな膨らみに持っていけば今からすることが想像ができたのか、彼女の左手が胸元をまさぐる手を掴み右手で俺を押し返そうとする。
「……っん、待って、くださ……」
必死の訴えに唇を離せば唾液でベトベトになった顔を気にすることもなく彼女の視線が真っ直ぐ俺を見据える。
「なに?」
「カルマ君は勘違いをしています」
「……勘違い?」
身に覚えのない単語に眉根を寄せる。俺が何を勘違いしてるというんだか。言葉を探しているほんの短い時間だったけれどそれが永遠にも似た長い時間に思えて苦しい。だけどそれがぎりぎり彼女の言葉を冷静に受け止める精神にまで俺を落ち着かせた。漸く言うべき言葉を探し終えたのか、向かいから大きく深呼吸する素振りが見えた次の瞬間。
「私は妊娠していません!」
声のボリューム加減を間違えたのか、隣近所まで聞こえてしまうのではないかと思うほどの声量で俺の今までの行動理由全てを否定される。思わず耳を塞いでしまったけれど、いや待て今なんて言った? 妊娠してない? だって……え? じゃああの診察券はいったい何なんだ? 言葉の意味を咀嚼している間に、彼女の口から次々と事実を突きつけられる。
「確かに産婦人科に行きましたけど、それは子宮頸がんの検診で行ったんです。妊娠の件も先日月のものがきたので確実です。……それに、私はカルマ君以外とこういうことはしませんし、したくありません」
はっきりとした口調で告げられたそれは、確かに俺の勘違いという言葉が正しかった。
「子宮頸がん……?」
「はい」
「本トに?」
「はい」
「…………そっ、か」
嘘偽りのないその瞳に一気に脱力する。大きくため息を吐き出して、彼女の小さな体を、今度は優しく抱きしめる。そうだ、そうだよ。真面目な奥田さんが俺に隠れてやましいことなんてするわけないじゃん。嘘を貫き通せるような性格でもないし。そういえば前に奥田さん宛てで検診の封書が届いていた気がする。そんなことさえ忘れていただなんて情けない上に恥ずかしすぎる。
「俺の勘違いだった。怖い思いさせてごめん、奥田さん」
「話せばわかってもらえると思ってました」
緩やかに回された手が俺の背を撫でる。まるで母親にあやされているような気分だ。安堵のため息を漏らして、彼女の体を閉じ込めたまま廊下に倒れ込むように腰を下ろす。自分が上になることへの抵抗感と申し訳なさで反抗の声が聞こえたけれど聞こえない振りだ。
「あ、あの、私重いので……」
「重いわけないじゃん。むしろ奥田さんはもっと食べて肉を付けた方がいいよ。例えばこことか」
言いながら臀部から大腿部へかけて撫でまわす。小さな悲鳴と小刻みに震える体に気をよくして、さらに内腿から脚の付け根へ手を伸ばす。
「……か、カルマ君! やめてください」
「やだ」
「子どもじゃないんですから」
潤んだ瞳が俺の欲望に火をつける。先ほど手荒くしてしまったからここで拒まれるようなら解放する気もあったけれど、本気で拒むような素振りも態度もないようなのでこのまま続行する。短く触れるだけの口付けを何度も交わしながら、上にある彼女の体と俺の体とをくるりと器用に入れ替える。
「ここは玄関ですよ!」
「うん、知ってる」
「わ、私まだ靴も脱いでないですし」
「じゃあ脱がせてあげる」
「そういう問題じゃ……」
「じゃあどういう問題?」
俺の問いに一瞬言葉に詰まって、そして顔を真っ赤にして俺から視線を外し小鳥の囀りのような声で紡がれる言葉。
「ちゃ、ちゃんとお風呂に入ってベッドの上でしたいです」
「…………」
奥田さん、それ反則。
聞こえるか、聞こえないか微妙な音は口付けによって呑みこむ。このまま続けるつもりなのかと訴えていた瞳とばっちり視線がかち合う。柔く笑って上体を起こすと靴を脱がせて横抱きにする。彼女が突然のことと慣れない体勢に驚いている間に歩みは浴室へ向かう。
「玄関でするのは我慢するから一緒に風呂入ろ。で、風呂で一回しよ」
「え、や、嫌です! 離してください」
「やだ」
妖しく笑うと彼女の顔から血の気がどんどん引いていく。これからされることの見当がついたのと、俺が絶対譲らないことを悟ったのだろう。思いつく限りの抵抗をしてみせるけれど力で俺に敵うはずがないことは昔からわかっている。暫く続いた抵抗もすぐ力ないものへと変わる。それを見て彼女をそっと下ろす。
「奥田さん。俺、実はすっごい心配したし不安だったんだよ」
口には出さなかったけどね。
本当は親になる覚悟も彼女と子どもを養っていく覚悟もまだなかった。突然のことだったと言うのは簡単だけど、彼女と体を合わせる関係となった以上こうなるかもしれない未来は考えておくべきだった。時間は山ほどあったのにちゃんと避妊をしているから大丈夫だと、どこか安心していた。デキ婚なんて他人事だと笑っていたのに、いざ自分がそうなるかもしれないとなるとこうも簡単に乱されるとは思いも寄らなかった。
だけどこれは一つの好機だ。今まで具体的に考えようとしてこなかった彼女との未来をきちんと考えるきっかけにしよう。
薄く笑って、彼女の体をしっかりと腕の中に閉じ込める。
「今日は覚悟しといてね」
耳元で囁いた甘い言葉。返事を待たずに今日何度目かの口付けを落とした。



(いつかちゃんと家族を持てるかな)

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