真剣勝負の行方は


暇つぶしと先日頼んだ物の引き取りも兼ねて理科室に向かう。後ろのドアからそっと中を窺えば案の定奥田さんの後姿が右へ左へ忙しなく動いていた。いったい今日は何を作っているのやら。邪魔をしないように音を立てずに室内へ入る。暫く様子を見守っていたけれど一向に俺が入ってきたことにも気付いてもらえない。集中してるのはいいんだけど、どうにも放っておかれると何か悪戯したくなるよね。奥田さんが三角フラスコを机の上に置いたタイミングでその小さな背中に声をかける。
「なーにしてんの?」
「きゃああああ!」
予想以上の驚きにこっちも思わず叫びそうになって慌てて口を引き結んで目を見開くだけにとどめる。いや、本ト冗談抜きで叫ばれるだなんて思ってなかったからびびった。奥田さんってこんな大きな声出るんだ。
大きく深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻した頃には彼女もまた落ち着きを取り戻したらしく、漸くちゃんと視線を合わせて会話ができるようになった。
「か、カルマ君! 驚かさないでください!」
開口一番怒られてしまった。まぁそれも致し方のないことなのかもしれないけど、俺だって奥田さんの叫び声に驚かされたんだからおあいこってことでいいじゃん。ここでそんなことに論点を置いても仕方がないので素直に「ごめんね」と謝っておく。
「で、今日は何してんの?」
「あ、はい。岡島君に頼まれて栄養ドリンク剤を作ってました」
満面の笑みで言うけどさ、それ本当に栄養ドリンクなの?
机にある――彼女の言葉で言うならば栄養ドリンク剤だけど――それはどう見ても市販のものと色が違う。何なのその色。とても飲み物であるとは思えないようなドぎついピンクで色づけされてんじゃん。俺、テレビで見るド派手な衣装以外でそんな色見たことないんだけど。どうコメントしたものか迷ってとりあえず笑顔を貼り付けておく。
そもそも岡島が頼んだっていうのが本当に栄養ドリンク剤だったのかというのも怪しい。あの岡島が? ただの栄養ドリンク剤を奥田さんに頼むと言うのか? おそらくまぁ、想像するに難くないけれどいかがわしい関係の物じゃないかとアタリをつける。誰に飲ませるつもりなのかは知らないけれどあんま奥田さんに変なもの作らせないでほしいんだけどな。化学と真正面から向き合った彼女の実力はE組内でも右に出るものはいないのだから。内心ため息を吐きだしながら、机の上にその存在をありありと主張し続けているそれを手に取る。右へ左へゆっくりと揺らせば口から何とも甘ったるい香りが漂ってくる。
「カルマ君、それ飲んでみてくれませんか?」
「絶対嫌」
まさか即答されるとは思ってもみなかったのか、思わず彼女の口から「えっ?」なんて言葉が漏れる。なんでそうも真っ直ぐ言っちゃうかなぁ。奥田さんお手製の“栄養ドリンク剤”でしょ? 飲んだら絶対効果は抜群でノックアウト確定だよ。
「なんでですか?」
「奥田さんが作ったものだからだよ」
「……?」
言葉の意味が分かっていないのか、彼女の首は小さく傾げられる。その仕草すごく可愛いけどちゃんと理解して。奥田さんが本気出して作った薬なんて色んな意味で飲めないって。
暫しの沈黙の後、彼女の口が言葉を探すように戸惑いがちに音を奏でる。
「カルマ君……私と勝負してくれませんか?」
唐突に呟かれたそれは俺の不意を突くには十分で、間抜けにも今度は俺が首を傾げてしまった。勝負? 一体何のために?
「私が勝ったらそれを飲んでもらいます」
真っ直ぐ指差す先は俺が先ほどから遊んでいる三角フラスコだ。
その手で来たか。一学期に馬鹿正直に殺せんせーに毒薬を渡して以来、彼女の中で少しずつ国語力と言うものが身についてきているのかもしれない。それにしたってリスキーなのは変わりない。相手に対して相応の見返りがなければそもそも勝負なんて受けてもらえないことを、彼女はわかっているのだろうか。
「俺が勝ったら?」
「カルマ君が勝ったらなんでも一つ言うことを聞きます」
“なんでも一つ言うことを聞きます”。
胸の内で彼女の言葉を反芻する。なんでそんな大変なことを簡単に言ってのけちゃうかな。どうしてもこの中身を俺に飲ませたいのか。というか俺に飲ませたいわけじゃなくて、おそらくちゃんと効果が発揮されるのかがまだわからないから誰かに飲ませてデータを取りたいとかそんなところなんだろう。そういうところは本ト化学者向きだよ。
「奥田さんさぁ……」
「はい?」
「まぁ、いいや。二言はないね? 俺が勝ったらなんでも言うこと聞いてくれるんだよね?」
「一つだけです」
言葉遊びには引っかかってくれないか。まぁいいや。どうせ暇つぶしも兼ねてここに来たんだし。特製栄養ドリンク剤を飲む気はさらさらないけれど、奥田さんがなんでも言うことを聞いてくれるならリスクを冒してでもやる価値はあるのかもしれない。何で勝負をするつもりかわからないけれど、そうそう負けることもないだろうし。
「あとでやっぱなしとか言わないでね。俺、本気出すよ」
「カルマ君こそ言わないでくださいね」
交わされるのは真剣な眼差し。お互い覚悟も決まったところで真剣勝負の幕が上がる。



(俺に勝てると思わないでね)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -