最適解でゴールイン


※社会人、同棲設定です。















「奥田さん。そろそろ俺の扶養に入る気ない?」
「ありません」
小さなテーブルを挟んで向かいに座る奥田さんの視線はまっすぐだった。ばっさり即答で返された言葉に俺は閉口するしかない。いや、予想していたことだし、たぶん今回も良い返事はもらえないだろうとは思っていた。前回も首を縦に振ってくれなかったし、半ば諦めていたところもあった。ポケットの中で一年前から買ってある彼女への想いの形を弄りながら、今回もだめだったかと一人見えないところでため息を吐く。
奥田さんと晴れて恋人同士となったのはもう五年も前。こうして一緒に暮らし始めたのは四年前。時期としては遅いくらいだけど、一年前からこうしてプロポーズ――と俺は思っているけれど彼女はそう思っていないのかもしれない――をして玉砕している。
確かに考えてみれば、奥田さん今の仕事大好きだし、好きすぎて何日も家に帰らないなんてことザラにあるし――俺も忙しくて数日家を開けることがあるからそこは別にいいんだけど――扶養に入ろうものなら今のように仕事にのめり込むことはできなくなるのはわかっている。仕事が好きすぎる彼女からそれを奪うことが果たして俺にできるのか。言うなれば生きがいを奪う事に等しいのでは……。あれ……? そうなると俺たちこのままの関係の方がいいんじゃないか? 結婚しても、しなくてもこうして一緒に居られるだけで幸せなんじゃ……?
思考が良くない方向へシフトし始めたところで向かいに座る彼女の口が遠慮がちに開かれる。
「カルマ君すみません。言葉が足りませんでした」
「足りない? 充分だったと思うけど」
あれ以上明確な答えはないというくらいのものを俺は頂いたというのに、あれで言葉が足りないとはあとは何を付け足すと言うのだろう。もう俺のHPはレッドゲージに片足突っ込んでるんだよ。
もしかして別れ話とか切り出されるのだろうか。うわっ、それは嫌だ。聞きたくない。耳を塞いでしまおうかと本気で考えていたところに、不意打ちとばかりに彼女の一撃を喰らう。
「扶養に入る気はまだありません。……でも、赤羽っていう苗字はとてもいいなって思います」
言葉を咀嚼するのに時間がかかって、暫くの間二人の間に沈黙が訪れる。苗字がいい……? それは語呂がという意味だろうか。それとも字画が? 画数が? あれやこれやと思考を飛ばしている間に、もう一撃見舞う。
「……赤羽愛美。カルマ君はどう思いますか?」
「最高じゃん」
反射的にそう答えると、彼女の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。それを見て俺も漸く言葉の真意を理解して唇をぎゅっと引き締めた。
「私もそう思います」
はにかんだ笑みと共に紡がれた言葉。とても分かりにくい表現だったけれど、それはきっと彼女なりのプロポーズに対しての返答だったのだと思う。要は扶養にはまだ入らないけれど、入籍はしてくれるという話だ。それでいい。というよりもそれが今の俺たちの現状に合った最適解だ。
ポケットの中で遊ばせていた小箱を取り出して、彼女に差し出す。
「奥田さん、幸せにするよ」
「私もカルマ君のこと幸せにします」
どちらからともなく笑って、小箱から控えめなデザインだけど煌めく指輪を取り出して彼女の右人差し指にはめる。それを見て、一瞬にして彼女の顔が凍りつく。
「こ、これ……すごく高かったんじゃ……」
「いいから。俺が奥田さんに贈りたかったんだから黙って受け取って」
でも、と食い下がるものだからそっとその唇を塞ぐ。
「ここは俺に華を持たせてよ」
「……わかりました」
真っ赤な顔で俯かれてしまう。あまりの可愛さにテーブル越しに抱きしめる。無理な体勢に腰が若干悲鳴を上げた気がするけれど気のせいにしてしまおう。
「愛美さん」
耳元で名前を囁けば小さな身震いの後、「はい」と返答する。
「なんですか? カルマ君」
「なんでもない。呼んでみただけ」
少し間を置いた後、そうですかとだけ言って彼女の腕が俺の背中にまわされた。


(十年宣言達成)

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