再会、再開。


※高校時代ねつ造














高校の最寄駅から電車で四駅行ったところに理科実験道具屋という店ができたらしい、というのを風の噂で耳にした。
なんて夢のようなお店だろう、と聞いた当初は感動したものだけど、未だに私の足はそこへ向かっていない。というのも、そこが大変わかりにくい場所にあるらしいのだ。
実際に行ったと言うクラスメイトに地図を書いてもらったけれど、なるほどわからないというのが一目見た私の感想だった。さらに詳しく話を聞いてみれば、駅から徒歩十分弱の距離だけど表通りから一本入った路地にあるのと道がわかりづらいということで初めて行く人間なら確実に道に迷うと言うのだ。そう言う彼はその駅が地元らしく、一度道を間違えただけでたどり着けたらしい。
いくら四駅先のお店と言えど、彼みたく地元の人間でもない、土地勘のない私がこの地図を見て行ったところで無事にたどり着けるかどうかなんてわからない。むしろ迷子になって帰ってくるという間の抜けた結果を導き出す確率の方が断然高い。
あぁ、でも行ってみたい。彼の話によるとそのお店はまるで夢のような場所であったというし。もう少し詳細な道筋を聞けば行けるかもしれない。
「あの、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
迷子になる不安とそのお店への興味関心を天秤にかけて、果たして勝ったのは後者だった。
「あ、えーっと。駅の東口を出てまず大通りを行くんだよ。で、暫く行くとサチコっていう呑み屋があるからその脇を入っていって一つ目の角を曲がってまた暫く歩くとパッションピンクの看板の店があるんだ。そこの前を通ってちょっと行くとすごくわかりづらいんだけど脇に入る道があるからそこを入ったら目の前にあるよ」
聞きながらもらった地図に必要な情報を書き足していく。言葉だけを並べるならそう難しそうな道順でもなさそうだけど……。
「大丈夫? 奥田さん」
「た、たぶん大丈夫だと思います」
「何なら一緒に行こうか? って言っても今日は塾があるから途中までだけど」
「ありがとうございます。ご迷惑でなければお願いしてもいいですか?」
「いいよ。じゃあ行こうか」
言うなり、彼は自分の鞄を背負いさっさと教室から出て行ってしまう。置いていかれては困ると、地図を鞄に押し込んで急いでその後を追う。
道中、私も彼も一言二言話すだけでそれ以上の会話はなかった。元からそれほど仲のいい人ではなかったし、中学を卒業してからというものクラスメイト、特に男の人と積極的に親交を深めようとはしなかった。それよりも自分の好きな分野を極めたいと思ってしまったから。
駅を降りて、言っていた通り大通りを歩く。遠くにぼんやりと見えるサチコという呑み屋の看板。空が紅くなり始めているからだろうか、その看板にひっそりと明かりが灯る。
帰宅を急ぐ人たちの間をすり抜けながら前を歩く彼の背中を追いかけるけれど、その差は一向に埋まらない。彼の歩みが早いのか、それとも私が遅いのか。
たぶん両方なんだろうなぁ、と考えていたところで不意に歩みが止まる。気付けば目の前にはサチコの看板。
「じゃぁ、俺はここで。後はさっき言った通りに行けば辿り着けると思うよ」
「はい。ありがとうございました」
浅く頭を下げると、もう彼は歩き出していた。余程急いでいるのか、私と歩いていた時よりもずっと早い速度――言ってしまえば駆け足――でこの場を去って行った。そういえば塾に行くと言っていたし、もうすぐ始業の時間なのかもしれない。
「よし!」
自分を鼓舞するために声を上げて、鞄から地図を取り出す。えっと、まずはここの脇を入って……。地図を片手に路地に足を踏み入れたその時だった。
「奥田さん」
聞き覚えのある声が背後からかかる。
ゆっくりと振り返ると、そこに居たのは中学を卒業して以来一度も会っていなかった赤髪が特徴的な――
「カルマ君!?」
驚きのあまり声が裏返る。
夢でも幻でもなく、本当にカルマ君がそこに居た。
「わぁ、カルマ君お久しぶりです! こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「奇遇、ね……。まぁ、うん、そうだね。久しぶり奥田さん。元気だった?」
どこか煮え切らないような言葉に一瞬引っ掛かりを感じたけれど、それよりも久しぶりの再開に笑顔が溢れる。
「元気ですよ。カルマ君もお元気そうですね」
「まぁね」
中学の時とは比べて――というと失礼かもしれないけど――柔らかい笑みが返ってくる。角が取れたというか、優しさを感じられる表情だ。
「奥田さんは全然変わってないね。背もあんまり伸びてないでしょ」
「そうですね。でもこれでも中学から何センチかは伸びたんですよ」
「俺も伸びたから身長差は中学の時とそんな変わんないね」
会話が途切れる。
一瞬だった。会話が途切れたほんの一瞬、彼の顔に悲しそうな苦しそうな色が混じる。あっ、と思った時にはもう以前から良く知る笑みに戻っていた。
「奥田さん」
「はい」
「さっきの男、誰?」
「さっきの?」
さっきの、とは道案内をしてくれた彼のことだろうか。思い返してみても、“さっき”という言葉に当てはまるのは彼以外にはいないように思えるけれど、もしかしてカルマ君は私が道案内されているところを見ていた? それなら声をかけてくれればよかったのに。
「本トはね駅前で奥田さんを見つけてずっと後を追いかけて来たんだよ。でも男と一緒に歩いてたからさ」
声をかけようか迷ったんだよ。
そう言って、苦しそうに眉根を寄せる。その表情を見て心がチクリと痛む。
「カルマ君、ごめんなさい」
こんな時何をどう言ったらいいかわからなくて俯きながら謝罪の言葉を述べる。それを聞いた彼の顔は見えなかったけれど、きっとまだ同じ顔をしているんじゃないかと思う。
「なんで奥田さんが謝るの」
降ってくる言葉に返す言葉が見つからない。自分でもなんで謝ってしまったのかわからないから。それでもなんとか言葉を見つける。
「カルマ君が辛そうな顔をしていたからです。……たぶんそれは私のせいですよね?」
中学から比べて、これでも少しは成長してきたつもりだ。心の詳細な機微まではわからなくても大体の検討をつけるくらいはできるようになったと思っている。彼が今辛そうなのは十中八九私が原因であろう。今彼の目の前には私しかいないのだから。何か他の要因があったとしても、先程までの彼は私の良く知る赤羽業そのままだったから。
長い沈黙の後、不意に手を握られて驚いて顔を上げる。そこにはもう辛さはなくて、代わりに不格好な笑みがあった。
「そうだよ、奥田さんのせいだよ。奥田さんに仲のいい男ができたのかもって思ったんだよ」
「さっきの彼はただのクラスメイトですよ。道案内をしてもらっていただけです」
端的に彼の素性を話すけれど、その表情は一向に変わる気配がない。
「中学卒業して連絡も取らなくなって、今日たまたま出会えて俺、すごく嬉しかったんだよ! なのに隣には見知らぬ男がいるんだよ? 俺がどんな気持ちになったか……わかるわけないよね」
「わかりますよ」
「じゃぁ言ってみてよ。俺の心中を当ててみて」
まっすぐ向けられる視線。ひと呼吸置いてから恐らくこうであろうという推測を述べる。
「中学からの友達が高校に入ってからそこでできた別の友達と歩いているのが寂しかった、ですか?」
長い長いため息の後、不意打ちに鼻をつままれる。
「んむっ」
驚きのあまり目を白黒とさせて瞬かせる。この行動の意図がわからなくて困惑を混ぜた瞳で彼を見る。
「間抜けな声だね」
声色に悪戯めいた色が宿る。
そうですね。自分でも間抜けな声だと内心笑ってしまう。
「もう少し俺の気持ちを読んでくれないかなぁ?」
「よんへまふよ」
「読んでないじゃん。……まぁ、いいや。そんなところも全部含めて奥田さんだもんね」
「……?」
漸く離された指。力加減をしてくれたから痛くはないけれど、どうしても鼻をさすってしまう。それを見てか、カルマ君の手が私の頭に乗せられる。この歳になって頭を撫でられるなんてことがないのと、その手がとても優しかったのとが胸の奥がこそばゆくなる。
「俺、奥田さんが好きだよ」
「……? 私もカルマ君のこと好きですよ」
私の中で数少ない大切なお友達だから。他の人なら沢山いるような付き合いの深い人が私にはE組の皆さんしかいない。共に学んで、遊んで、たった一つの目的を果たすために団結した大切な人達。
「うん、知ってる」
友達としてでしょ。まるで見透かしたかのような言葉。小さく呟かれたそれは夕暮れの雑踏に消えていった。
「そういえばどっか行くんだったっけ?」
突然変わった話題に、ここに来た目的を頭の隅から引っ張り出す。
「あ、そうでした! すっかり忘れてました」
「ここに行けばいいの?」
いつの間にか私の手の中にあった地図は彼の手に移っている。全然気がつかなかった。
「うわ、何この地図。わかりにくいなぁ」
紙面を一瞥して、彼の眉間に皺が寄る。そんなにわかりにくい地図だっただろうか……?
「ほら、行こう奥田さん」
言うなり、さっさと路地に入って行ってしまうその背中を追って、私も漸く一歩を踏み出した。



(わぁ、本当に理科実験道具しか扱ってません!)
(なんなのこの店)

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