自覚する赤色


「あの、カルマ君。一緒に食べてもいいですか?」
修学旅行からこっち、奥田さんはよく俺に話しかけてくるようになった。赤髪に目つきの悪さ、素行不良と彼女のような大人しい人間から見たらさぞ俺なんて話しかけにくいだろうになぁ、なんて頭の片隅で思う。特に断る理由も見つからないので短く承諾する。
「お邪魔します」
言いながら俺の隣に腰を下ろして、手に持っていた弁当箱を行儀よく正座した足の上に乗せる。俺はといえば登校時に買ったパンをレジ袋から取り出して封を開ける。それにしてもこんな雑草だらけのところだっていうのによくもまあ正座するもんだよなぁ。スカート穿いてるから胡座をかくわけにもいかないんだろうけど。……胡座とか奥田さんのキャラじゃないか。
そんなことをぼんやりと考えていたからだろう。
「奥田さんって行儀いいね」
つい気になっていたことが口を突いて出てしまった。言われた彼女は不思議そうな顔をして首を傾げている。
なんかその仕草少し可愛いんだけど。
「どうしてですか?」
「だって今、正座してるじゃん」
ほら、と彼女の体勢を指摘するように指をさす。
「この前だって正座してたし、誰と話すときでも敬語だし」
ただそれだけで行儀がいいと言ってしまってよいものかはわからないけど、少なくとも比較対象が俺なら断然行儀がいい方に入るはずだ。
「正座も敬語も昔からの癖なので行儀がいいと言われてもあまりピンと来ないんですが」
「まぁ、昔からの癖じゃそうだろうね」
言いたいことと聞きたいことが済んだところでそろそろ腹の虫も我慢の限界だったらしく、俺はいそいそと封を開けたままにしていた焼きそばパンにかぶりついた。それを見て奥田さんも自分の弁当箱に視線を落として、その中から卵焼きを摘んで口に入れる。
なんかすごく美味そうに食べるよなぁ。そういえば俺、あんまり弁当って持たされた覚えがないや。小学生の時は給食があったし、中学入ってからはいつもコンビニで何か買ってから来てるし。不満はないけど、ほんの少し羨ましいとは思う。
そうこう考えているうちに手元のパンは最後の一口となってしまった。それを平らげてゴミを袋に押し込むと、隣から手を合わせた小さな音とともに「ごちそうさまでした」と聞こえてくる。
ああ、どこまでも彼女は行儀がいいんだな。その行動に、面白くもなんともないのに笑ってしまうのは何故だろう。
「なんですか?」
「いや、本ト行儀いいなぁって思ってさ」
「そうですか?」
「そうだよ。少なくとも俺よりはずっと行儀がいいよ」
そう言って傍にあった木に背中を預ける。満腹なのと木漏れ日が気持ちいいのとで瞼が非常に重くなってきている。午後の授業まではあと二十分あるしひと眠りでもしようか。……二十分で起きられる自信はあまりないけど。
ウトウトとしてきたところで、意識を現実に戻される。
「その体勢、体痛くならないんですか?」
「え? ああ、痛いけど地面に直に寝転がるくらいならこの方がまだいいかなって」
そんな無防備な姿見せられないしね。まぁ、どんな体勢であろうと寝ているところ以上に無防備な姿もないんだけど。一応人通りのなさそうな場所を選んではいるけれど、いつ誰が来るかわかったもんじゃないし、現に奥田さんここに来ちゃってるし。
「そうなんですか」
「でも奥田さんが膝枕してくれるならその方がずっといいかな」
睡魔がすぐそばまで来ているからか、普段では考えられないような軽口も平然と言ってのけてしまう。
恋人でもないのに普通膝枕とかするわけないのに、今の俺はどうかしてる。相手はただのクラスメイトだってのに。だけどそこはやっぱり奥田さんだった。
「カルマ君。膝枕って何ですか?」
そうか。そういう恋愛ごととかの方面には弱いのか……。いや、それにしたって膝枕くらいは知ってるものと思ってたんだけどなぁ。
「あー、いや……うん。実践した方が早いかな」
眠くて思考が回らない。もうこうなったら半ばやけくそだ。
「そのまま動かないでね」と念押ししてから彼女の膝にお邪魔する。
「…………」
「…………」
あ、やばい。これはすごく気持ちいいかもしれない。
驚きなのかはたまた違う理由なのか、彼女の口は開かない。結局、間が持たなくて俺の方が折れる。
「これが膝枕だけど」
「あ、言葉通りそのままなんですね!」
ぱぁっと花のような笑顔が降ってくる。それを見て、ぎゅっと胸を締め付けられたような感覚を覚える。
え、なに。俺、どうしたの。
この笑顔を独り占めしたいだなんて。そんな、そんな可愛いことを思うのか? 俺だけのものにしたいと。誰にも見せたくないと。考えれば考えるほど苦しくて息がつまりそうだった。
なんだよそれ。それじゃまるで俺が……。
「奥田さん」
「なんですか?」
「あんまりほかの男にこんなことさせないでね」
無防備に膝枕をさせて、そんな可愛らしい笑顔をほかの男なんかに見せないでね?
「勘違いしちゃうからさ」
もし君がほかの男とそんなことになったら、俺どうにかなっちゃうかもしれないから。
お願いね、と音にならない言葉は消えて今度こそ俺の瞼は完全に落ちる。
寝て起きたら今までのことが全部夢であってほしいと願いながら、意識をそっと手放した。



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