無意識意識


携帯電話の画面に映し出されているのは先日行われた親戚の結婚式での新婦の姿。遠い親戚なのであまり記憶にはなかったけれど、こうして画像を見ると確かに小さい頃会ったような、会ってないようなそんなうすぼんやりとした記憶が脳内に残っている。
純白のドレスを着て、恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかむ姿はとても綺麗だった。いつか自分もあんなドレスを着て、隣にはずっと一緒にいたいと思う人がいてくれるのだろうか。考えて、今の自分ではそれは遠く及ばない夢なのだと思い直す。そうだ、まずは殺せんせーを殺せなければ未来はないのだ……。それでも画面の中の人は結婚して幸せだと言わんばかりの笑顔を浮かべているものだからどうしても思考がそちら側へ傾いてしまう。だから、本当にぼんやりとした感覚で口にしてしまったのだ。
「結婚かあ……」
「なに、奥田さん。結婚したいの?」
誰もいない実験室での独り言のつもりで呟いた言葉だったのに、言葉を返された私は目を丸くしてその声の方へ振り返る。ちょうど真後ろに立っていたのは何処にいても目立つ真っ赤な髪のクラスメイト。その顔には面白いことを聞いたとばかりの表情を貼り付けていつものようにポケットに手を入れてこちらを見据えていた。
「か、カルマ君!?」
「ちょっと奥田さんに作ってもらいたい物があったんだけど、まぁそれは後でいいや。なに、奥田さん。結婚したいの?」
先ほどと全く同じ言葉を繰り返して、カルマ君は私の向かいに座る。
ただの独り言のつもりだったし、そもそも口をついて出てしまった言葉だったからあまり追及してほしいところではないのだけれど言わなければずっとこのまま同じ質問を繰り返されそうな予感があった。
きっとからかい半分もあるのだろうけれど、彼がこんな話題に食いついてくるのも珍しい。てっきり恋愛方面には興味のないものとばかりに思っていたのに。
恋愛している時間も暇もあるのならもっと楽しいこと――と本人は言っているけれどたぶん悪戯とか嫌がらせとかなのだろう――を考えて実行していそうなのに。
「特に結婚したいわけではなくて、その……親戚の人の結婚式に呼ばれて、その人がとても綺麗で幸せそうだったので少しだけいいなって思ったんです」
尻すぼみになる言葉。目の前の彼を見れば一瞬優しい笑み浮かべて「そっか」と言って、いつもの不敵な笑みに戻る。
「殺せんせーを殺さなくちゃそういう幸せも経験できないから本トハードル高いよねぇ」
「そうですね。……でも私、もし殺せんせーを殺せてこの先の人生が続いたとしても結婚とかはしないんじゃないかと思います」
「なんで?」
「結婚って両者の好意があってこそ成り立つもので、私だけの一方的な気持ちでできるものじゃないじゃないですか。たぶん、私のことを好きになってくれる人なんていないと思うから。それにほら、今は殺せんせーをどうにかしないといけないですし!」
言葉にして、ほんの少し傷ついている自分に驚いた。
最後の一言は口から出た言い訳のようなものだ。殺せんせーを理由にして私は自分から、自分のことを好きになってくれるかもしれない人を見つける努力をやめているのだ。
きっといない。きっといないから探さない。好きにもならない。私は化学式が好き。実験が好き。今は――そしてこれからも――それでいい。
ふと、嫌な気配を察して顔を上げればどこか不機嫌そうな顔をしたカルマ君と目が合った。
「奥田さんさぁ」
「はい」
「…………まぁ、いいや。今言ってもどうせ色んな意味でだめだろうし」
「そうですか」
私の返答がお気に召さなかったのか、彼の表情は一層不機嫌さを増す。
そのまま言葉を交わさず、なんとなく気まずい雰囲気が暫く続いた後で何か言葉を探しながら彼の口が開かれる。
「奥田さん。予言してあげる」
「予言、ですか?」
「そう、予言。奥田さんはきっと十年後に結婚すると思うよ」
突拍子もない予言だなぁ、というのがどうやら顔に出ていたらしく、「なんて顔してんの」と呆れ半分に言われてしまった。
「さっきも言いましたけど」
「奥田さんを好きになる奴は絶対いるよ。俺が保証する」
「で、でも……私がその人を好きになるかどうかなんて」
「そいつ、奥田さんに好きになってもらえるように一生懸命努力すると思うよ」
なんて自信の表れだろう。
カルマ君がここまではっきりと将来のビジョンを持っているだなんて知らなかった。しかも赤の他人のことなのに……。
「好きだって絶対言わせてみせる」
真っ直ぐ、射抜くような視線。
前置きでも言われたのに。予言だってわかっているのに。今この場でカルマ君に宣言されたような心のざわつき。
その視線を受けきれなくて咄嗟に俯いてしまう。
「まぁ、でもまずは殺せんせーをどうにかしないとね」
その言葉で〆て、彼は席を立つ。
「あ、そうだ! 奥田さんに作ってほしい物そこにメモ書きしといたからよろしくね」
言われて視線を上げれば、彼が座っていた位置には一枚のメモ用紙が置かれていた。それを手に取って彼の背中を目で追いかけようとしたときにはもうドアは閉められた後だった。
『好きだって絶対言わせてみせる』
力強い言葉だった。
それはカルマ君自身の言葉であるようにも思えたし、本当に予言なのかもしれない。私のことを好きになる人なんていない、なんて言ってしまったから、同情心からあんなことを言ったのかもしれない。
だけど、先ほどから妙に落ち着かないのはどうして……?
「まだ残っていたのですか? 奥田さん」
いつの間にか私の正面には件の殺せんせーがにっこり白い歯を見せて佇んでいた。この先生は本当に神出鬼没だなぁ。
「そろそろ下校時刻ですよ。まだ日が出ているとはいえ山を下るんですからね」
「はい、わかりました。これを片付けたら帰ります」
「これは先生が片づけておきますので今すぐ帰りなさい」
「え、でも」
「奥田さんは気付いていないかもしれませんが、顔が真っ赤ですよ。熱があるんじゃないんですか」
殺せんせーに言われて初めて自分の顔を確かめると、ああ確かに熱い。それこそ茹蛸のような赤さだ。
なんで、どうして……?
風邪を引いた覚えはない。というより体調はいつもの通りだし顔だけが赤く色づいている。
「さあ、早く帰りなさい。それとも送っていきましょうか?」
「だ、大丈夫です! 歩いて帰れます。さようなら、殺せんせー」
「はい、さようなら。気を付けて帰るんですよ」
その言葉に見送られて、私は実験室を後にした。
家に帰って、夕飯を食べて、お風呂に入って、布団の中に入ってもカルマ君の言葉は消えることは無かったし、顔の赤みも引くことは無かった。



(告白を飛ばしてプロポーズとは、彼もなかなかやりますねぇ)

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